太田直樹のブログ - 日々是好日

テクノロジーが社会を変える

不確実な未来。何をどう学ぶか - 100年変わらなかった学校が変わる?

正直に言えば「学習指導要領」について考えたことも、ましてや話をしたことは、これまでの人生でほとんどない。なんだけれども、学習指導要領が大きく変わり、学校も変わり、社会も変わる(かもしれない)ということについて書いてみたい。

「AIによって人間の仕事がなくなるかも」「いま学校で教えていることは、将来使えないんじゃないの」という課題意識から出発して、「不確実な未来を生き抜いて社会に役に立つような知識や力が身につく」ことを、今度の学習指導要領では目指している。

結構、大胆に社会の変化を先取りしていないか。これが第一印象。学習指導要領は、10年に一度しか改訂しない*1ので、2年早かったら、もっと保守的なものになっていたのではないか。

一方で「日本の教育は100年変わらない」ということをよく聞く。そう聞いたとき、何か具体的なイメージが湧くだろうか。

僕の場合は、総務省の仕事で「教育の情報化」という重点施策があり、学校を訪問したり、統計を見たりすると、100年とは言わなくても「昭和から変わっていない*2」と感じる。また、子供二人の教育については、ポジティブ・ネガティブ半々という感じ。

縁があってお手伝いすることになった「財団法人 地域・教育魅力化プラットフォーム」の集まりに出かけてきた。まず、この3分の動画を見てください。

youtu.be

新しい学習指導要領に話を戻すと、理念が「社会に開かれた教育課程」。その心は三つある。ちなみに、全て僕個人の理解です。

・学校のための教育課程ではなく、学校教育を通じて社会を変えていくためのもの。

・大学入試のための資質・能力ではなく、自分の人生を切り拓いていくための資質・能力。

・実施においては、教員だけが教育をするのではなく、地域の資源を活用。

動画を見てもらった方は、「この3点はかなり抽象的だけれど、(動画の)島前高校でやっていることはなんか近いんじゃない」と感じると思う。参加した集まりでも、そんな声を聞いた。

しかし、他方で「それは海士町だからできるのはないか」「岩本さん(動画中のお地蔵さんみたいなひと)が居たからできるのではないか」という声もあった。

そうかもしれない。ただ、各地に「魅力化」のムーブメントは広がっているし、「だから論」を超える方法論もできつつある。

 

加速するデジタル技術と社会的な影響について、程度の差こそあれ、僕らは漠とした不安を感じている。そんな中でできる「具体的なアクション*3」が、ここにあるように思う。何しろ「社会に開かれた」と謳っている。動画であったように、地域の住民の方や企業に勤めている人が参加する機会が増える。でも「忙しいし、面倒くさそう」かもしれない。

最後にもう一つ、以前このブログでも書いた、友人が手弁当で企画した、埼玉県秩父郡横瀬町での取り組みの動画をご紹介したい。中学生と町の人とクリエイターがチームになって、町の課題を解決していく。私の高校生の息子も一部参加したのですが、ものすごく刺激になっていました。

youtu.be

こういったことが各地に広がると、100年変わらないと言われていた学校が変わって、地域が変わる。そんな映像が見えてきませんか。

*1:ざっくり言うと、学習指導要領というのは、日本の小中高で何を教えるのかを定めていて、それは10年に一度改定され、「詰め込み教育」→「ゆとり教育(1980、狭義では2002〜)」→「脱ゆとり教育(2011〜)」→「次の学習指導要領(2020〜)」という流れ。

*2:統計表一覧 政府統計の総合窓口 GL08020103 この統計の「市区町村別インターネットの状況」を参照。小中学校において、教室で無線LANが使えるのは公称2割、実態は1割以下。また地域差が大変大きい。予算措置は、文部科学省によってなされており、地域の自治体、教育委員会、家庭の関心が低いことがよく分かる。機会があれば、是非声をあげてください。

*3:「とりあえずどこから?」と思った高校生、教育関係者、自治体、企業の方は、ぜひここから。マイプロジェクト・アワード。

マイプロへの関わり方 | マイプロ

myprojects.jp

テレーワークの「テレ」って何?と思うけれど

7月24日に「テレワーク・デイ」をやる。3年後のこの日にオリンピックが開幕する。2012年のロンドン五輪では、ロンドン市内の企業の8割がテレワークを導入し*1、交通混雑などの課題を乗り越えた。

「テレワーク」は、正直に言えば、手垢のついた言葉かもしれない。けれど、AIが未来のしごとを大きく変える、という文脈で仕事そのものや働き方を見直すきっかけになるのではないかと思う。

ということで、テレワーク・デイに参加いただく企業が何を発信しているか、ちょっと覗いてみてください。参加企業の皆様、準備に汗をかいている、今川課長、吉田室長、そしてチームの皆さん、ありがとうございます!

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teleworkgekkan.org

www.facebook.com

baby.mikihouse.co.jp

lp.google-mkto.com

www.facebook.com

http://www.novonordisk.co.jp/content/Japan/AFFILIATE/www-novonordisk-co-jp/Extweb/news/2017/06/08/17_11.pdf

www.hitachi-solutions-create.co.jp

シスコ、テレワーク・デイに向けて「Cisco WebEx」の無償提供キャンペーン | 企業IT | マイナビニュース

www.jiji.com

www.yomiuri.co.jp

 

誰が2027年の世界を動かしているのか - このレポートは必読

iPhoneが出てから10年が経った。これからの10年はもっと変わる。僕らは、いま、その分岐点に立っていることがとてもよく分かるレポート*1だ。プロジェクトに参加した元同僚のReiruiさんの活躍には敬意を表したい。

議論の中で何度も浮かび上がったテーマは、各ステークホルダーがテクノロジーの進化の速度にどう対応していくか、データの増大とインターネットの普及は現在の社会構造をどう変えていくのか、既存の経済的な不平等を助長するのかそれとも是正するのか、そして規制にまだ実効性があるのか、どうしたら各ステークホルダーが互いを信用して制度や規制を守るのか。我々のシナリオで十分な解はもちろん出ていませんが、それらを念頭にいれつつ読んでいただけると面白いと思います。

(Ri Reiruiさんのブログより)

混乱の末、デジタルを捨てるのか。技術進化についに追いつけない国家に代わって、超国家的なコミュニティが現れるのか。テクノロジーを善きことに活用する国際的な調和が生まれるのか。レポートでは3つのシナリオが描かれる。2018年から2027年までの年表もリアルだ。

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さて、僕らはどんなアクションを起こせるのだろうか。

日本では、PDS (Personal Data Store)を進めることが、6月に閣議決定された成長戦略に盛り込まれている。PDSとは、個人が自分のデータを制御すること。行政や企業にある自分のデータを活用する、移す、消去することを促進するものだ。

EUではGDPR(一般データ保護規則)が2018年5月に施行され、PDSが導入される。日本では、様々な議論を経た末*2、民間のルールとして動き出す。PDSは消費者保護というだけでなく、競争政策でもある。EUでは、対GAFAの規制という捉え方もある。なので、米国ではなかなか受け入れがたい規制になる。

レポートのシナリオ3では、APECのプライバシールールがEUと調和する、という展開が描かれている。日本における取り組みは、この流れを作るものになるかもしれない。

また、ロボット・AIについては、開発原則について、この秋からOECDで議論が始まる。昨年、G7のICT大臣会合で、開発原則の提案をした日本には、海外からは注目が集まっている。もちろん、米国や欧州でも検討が進んでいて、どのような成果が生まれるか、それは実効性があるのか、開発意欲をそがないか*3、など論点は多数ある。

これらは、地味な活動だけれど、重要な局面にきている。

*1:ボッシュ財団が賛助するドイツの独立系シンクタンクによるプロジェクト。メンバーの多様性が素晴らしい。

www.gppi.net

*2:日本では「情報銀行」という呼び方をされていて、「国が個人の情報を管理するのか」という趣旨とは真逆の(延髄反射的な)批判や、よく分からないけど不安という声があり、なかなか難しい施策。欧米と比較すると、データ利用について個人が感じる不安が高いという特徴があり、この夏に発行される情報通信白書で分析がなされている。

www.yomiuri.co.jp

*3:国内での意見の例。"ターミネーターのようなSFで語られる汎用人工知能に対する脅威論が、会議でもそのまま展開されていた(丸山氏)”わけではないんですけどね... 

itpro.nikkeibp.co.jp

揺れる個人、許す国家、ゆるい変革 - 経産省「若手PJ」とかつての「プロジェクトK」、「応仁の乱」の歴史観

経済産業省の「若手PJ」について、英語でブログを書いてみた。その前に、英治出版で議論をしていて、そこには壁一面に本棚があるのだけれど、2003年に霞ヶ関の若手官僚が立ち上げた「プロジェクトK」の本*1が偶然目に止まって、一読して、これは相当すごい変革運動だったのだなあ、と思いながら書いていた。

medium.com

目指す姿について、両者は重なりがある。プロジェクトKが提示した国家像の要素は3つ。

・政府の限界と官民の協創国家

・グローバリゼーションの進展と人材を核とした小強国家

・増分主義の終焉と真豊国家

若手PJでは、14年の間に進んだ高齢化が、より色濃く反映されている。ただ、PJでは「天下国家を語る」より「個人に寄り添う」という方針があって、それが共感を呼び、ソーシャルメディアで増幅されてバズったように思う。

変革の方法論については、プロジェクトKは随分と踏み込んでいて具体的だ。総合戦略本部の設置や人事制度の刷新。戦略の不在が国家的な損失を生んでいると断じている。

興味深いのは、今の安倍政権が、経済財政諮問会議や未来投資会議によって、統合的な戦略策定を実現し、また、プロジェクトKが提言した「省益中心主義打破のための、内閣による各省幹部人事の一元化」を内閣人事局で実行していることが、一部で批判を呼んでいることだ。どこかで「仏作って魂入れず」になったのだろうか。今度、朝比奈さん*2の話を聞いてみたい。

 

話は逸れるが、英治出版で議論していたのは、僕が手伝っている「マルチステークホルダーのコミュニティによる地域社会システム変容」を目指すコクリ!プロジェクト*3が島根県海士町で行ったワークショップの今後のことだった。

この10年の間に、システム変容の研究と実践は随分進んでいて、次のような気づきがワークショップから得られている。

・変革チームだけはシステムは変わらず、家族や高齢者や子供など周りが変容する(揺らぐ)ことで、相転移が起きる*4のではないか。

・チェンジは、否定のエネルギーが原動力になることが多いが、相手を許す、対立するシステムの立場に立つことが、共感を伴う大きな変化を呼ぶ*5のではないか。

・変革に用いられる戦略論は、戦争に起源があるマッチョなものだけれど、揺らぎや許しが有効なのであれば、ゆるゆるとやるのもあり*6なのではないか。

そういう話の中で「それって『応仁の乱』*7じゃね」という感想が出てきた。「ズルズル11年」「スター不在」「かえって残念」という自虐的なキーワードにも関わらず売れてしまったこの本は、分かりやすい英雄史観に対して、複雑な社会は複雑に変わるというアンチテーゼを投げかけている。

 

ということを念頭に置きつつ、英語のブログでは、こういったシステム変容の要素を具現化しようとしていると僕が思っている、会津若松市と海士町の例を、デジタルトランスフォーメーションという切り口で書いてみた。

文脈は伝わらないかもしれないけれど、これらの地域イノベーションは、グローバルな目線で動いていて、海外にはシステム変容の実践者やそれに参画している企業や研究機関も数多くある*8から、どこかで繋がるといいなあと、思っている。

*1:『霞ヶ関維新』新しい霞ヶ関を創る若手の会著、英治出版

*2:朝比奈一郎。プロジェクトK代表。元経済産業省。2010年に同省を退職し、青山社中を設立。政策提言に精力的に取り組んでいる。

*3:5月にウェブサイトをリニューアルし、システム変容について、面白い対談が定期的にアップされているので、ぜひご一読ください。

jrc.jalan.net

*4:コクリ!を一緒にやっている組織変容のプロフェッショナルの橋本洋二郎さんによると、大きなシステム変容をシミュレーションするモデルを作ると、周囲の人(bystander)が16%を越えると相転移が起こるとのこと

*5:これも洋二郎さんによると、家族療法・心理療法では「許す」ということが劇的なトランスフォーメーションを起こすことが多い

*6:海士町のワークショップと先日の議論に参加した原田英治さん(英治出版社長)は、これを「あマッチョ」と呼ぼうと提案下が、あまり流行っていない...

*7:

www.sankei.com

*8:Sustainable Food Labなど。http://www.sustainablefoodlab.org こういった海外のシステム変容・オープンイノベーションの事例についても、おいおい取り上げてみたい。

”会いに行ける官僚”、バズった経産省「若手PJ」とこれから

「立ちすくむ国家WS*1」に参加してきた。5月18日に、経済産業省でもっとも重要な産業構造審議会の総会で、若手官僚30人が作ったペーパー「不安な個人、立ちすくむ国家〜モデル無き時代をどう前向きに生き抜くか〜」が配布された*2のは異例なことだし、その資料が100万ダウンロードを超えている、というのも異例だろう。

そう、ミリオンセラーだ。最近、とんと聞かなくなった。音楽だとAKBやEXILEレベル。それも特典目当てに何枚も買う人がいるので、そう考えると、ちょっとすごい現象だ。おきまりのパターンだが、ネットで火がつき、マスメディアが追いかけ*3始めている。

 

ここでは、ワークショップの状況の報告をしつつ、インパクトを生むための手がかりを考えてみたい。

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<若手PJメンバーによる背景説明>

次官から「視座をあげろ」という問いかけがあったらしい。それを受けて、メンバーの一人が考えたのは「個人から”不安であること”を聞いたとき、その答えが自分にはない」ということ。そこから「個人に寄り添い、そのニーズを答えるための”あるべき論”」という方向性が出てきた。

割と「自分ごと」「身の丈」で、いいんじゃないか、と僕は思った。ただ、人によっては「天下国家を語る」のが官僚とか、いろいろ意見があるところだろう。

<若手PJメンバーと元同僚の望月さんの対話>

ここでスマートニュースの望月さんが登場。このペーパーがバズるきっかけの一つになった”経産省「次官・若手ペーパー」に対する元同僚からの応答 *4”を、5月20日にブログに投稿。自分が指摘したのは、大きく3点あると口火をきる。

・財政的制約を考えなかったのか

・個人のニーズと財政上の要求が混在していないか

・官と民の関係がちょっと違うのでは

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PJメンバーの答えは、やはり「個人に寄り添う」というあたりが強調されていた。そして、話はバズったあとの反響に及んだ。メンバーに刺さった言葉は

・地方はこうじゃない(特に「人生すごろく」について)

・霞ヶ関にも人間がいたんだ

というもの。また、「個人を中心にして、適度な粒度(細かすぎない)なので、乗っかりやすかったのでは」という感想がでた。

会場からは「会いに行ける官僚*5」というフレーズが飛び出した。なるほど、という感じ。

<分科会>

ここまで45分で、主催した関さんが仕切って、あとは3つのテーマで分科会。熱気があって、軽い酸欠状態のよう。それぞれのテーマの中で、さらに具体的なテーマを出して、グラフィックレコーダーも入って、100人が14のチームに分かれる。1時間強、小グループで議論。アウトプットは、具体的なアクション。それを最後に全体で共有。

僕は「子供への投資」の中で「ITを使った教育」のチームに参加した。アクションの一つを紹介すると「エンジニアのヒーローをつくる」こと。例えば、サッカーには、カズや中田や本田がいる。ITにもヒーロー欲しいよなあ。

最後、関さんのアクションは「7月にまたワークショップをやること」だった。この人の熱量はハンパない。

 

次に、これってバズったけど、インパクトにつながるの、という問いに向き合ってみたい。PJメンバーも、何かアクションにつなげなくては、というプレッシャーをひしひしと感じている。

 

望月さんの問いは「国家ビジョンとして、いくつか大きな軸があって、それによって選択肢があるだろう」ということだと僕は理解している。また、官僚について「天下国家を語る」というイメージや期待もあるだろう。

さて、このワークショップのようなグラスルーツ的なものって、正直どうなんだろうか。

「コレクティブ・インパクト*6」というアプローチがある。これは、課題が複雑化する中で、権力者や天才が変革を起こすのではなく、政府・自治体、ビジネス、大学、NPO、さらには一般市民がアジェンダを共有し、協力してシステムを変えていく必要がある、というものだ。

日本だと、いのさんこと井上英之さん *7が、コレクティブ・インパクトを具現化しようとしている。そういえば、先日来、いのさんとやりとりをしていたんだった。

少し尻すぼみだけれど、結びとして、コレクティブ・インパクトの5つの要件と、若手PJへの現時点の問いを書いておきたい。

1. アジェンダを共有する

2. 測定システムを共有する

3. 互いを強化しあう活動

4. 継続的なコミュニケーション

5. 活動を推進するためのバックボーン組織

 

セクターを超えたチームが、例えば1週間「学びの旅」をするくらいのコミットができるか?それくらいやらないと、アジェンダは共有できないし、3や4につながらない。僕らは忙しすぎるけれど、本当に大事なことならコミットできるのではないか?

海外と比べて弱いのが「測ること」。ソーシャル系では軽視されがちだし、政府系では最近KPIとかPDCAと言われ出したが、それで安心して思考停止していることが多くないか。測定の目的は、セクターや組織を超えて、皆が学びあってゴールに向かうための手がかりになること。3つのテーマでは何が測定できそうか?

「会いに行ける官僚」が、一時バズって、消費されるのではなく、インパクトにつながる未来が見てみたい。

*1:https://medium.com/code-for-japan/0613ws-65542240e911 Code for Japanの関さんが企画。素晴らしい場をありがとうございました!

*2:http://www.meti.go.jp/committee/summary/eic0009/020_haifu.html 産業構造審議会総会(第20回)配布資料

*3:http://www.nikkei.com/article/DGXMZO17560370S7A610C1000000/ 日経新聞6月13日「経産省若手プロジェクト 空回りしないためには」、http://www.asahi.com/articles/ASK6D4GVQK6DULFA01D.html 朝日新聞6月13日「社会保障”現役世代に冷た” 経産省若手、異例の提言」

*4:http://hirokimochizuki.hatenablog.com/entry/response.meti 望月さんの他にもいろいろな人が書いているので、適宜読んでみてください。

*5:AKBの「会いにいけるアイドル」からのアナロジーですね。

*6:http://yokohama.etic.or.jp/archives/1968 コンパクトにまとまっているものを貼っておきます。まだ日本では定着していないように思います。

*7:http://intl-fellow.jp/activities/inoue.html いのさん。なんか顔がしゅっとしている。5年以上前から、このテーマに取り組んでいたんだなあ。

生産性の謎は、AIがコンセントから電気をとるように行き渡ると解消する?

“Productivity Puzzle”とは、先進国において、少なくともリーマンショック以降の7、8年、長く見るとこの30年間、様々な技術進化があったにも関わらず生産性が上がっていないという命題だ。

Bill Janeway氏のエッセー*1によると、電化による生産性向上が行き渡るまで100年かかった。デジタル化は、マイクロプロセッサーが登場してから50年。これから、AIが、コンセントから電力を得るように手軽になって、隅々まで行きわたって生産性を向上させていく、と分析している。

 

要は7、8年のトレンドで騒いだり、分かったようなことを言うな、ということ。

 

ちなみに「AIがコンセント」という比喩は、ケビン・ケリーのもの*2がとても分かりやすい。

いま姿を現しつつあるAIは、どちらかというとアマゾンのウェブサービスのようなもので、安価で信頼性が高く、あらゆるサービスの裏に隠れている実用的でスマートなデジタル機能であり、作動している間はほとんど気づかれることもない。この共有される機能は、必要とされる量に見合ったIQを提供してくれる。電気のようにただつなぐだけで、AIの機能を利用できるようになるのだ。それは電気がこの100年してきたように、不活性な対象物を活性化する。3世代ほど前には、手先の器用な人たちが、あらゆる道具の電動版を作ることで大金を手にしていった。手押しポンプ? 電気を流そう。手絞りの洗濯機? 電動にすればいい。こうした起業家たちは、電気を起こす必要はなかった──送電線経由で電気を買って、いままで手動だったものを自動化しただけだ。現在は、これまで電化されたものをコグニファイする段階だ。IQをいくらか加えることで、ほとんどあらゆるものが新しく、いままでと違った、より興味深いものになるだろう。実際に、これから起業する1万社の事業計画を予想するのは簡単だ。それはただ、XにAI機能を付けるというものだ。オンラインの知能を加えることで良くなるものを、ただ探せばいいのだ

 「X + AI」がこれから広がっていくのを想像すると楽しい。ただし、いくつか大事な問いがある。

 

ひとつは「勝者総取り」の力学が、電化のときと比べて大きく働くこと。データを保有しそれを分析し活用できるのは、ごく限られた企業にとどまっている。Janewayのエッセーで引用されているOECDによる生産性の分析は、トップ5%の企業とそれ以外の企業において、大きな差が生じていることを示している。

また、データや分析能力をクラウドを通じて提供する「プラットフォーム」企業について、どのようなガバナンスが適切か、これから激論になるだろうと、Janeway氏はThe Economist Radio*3で話している。欧州では、このブログでも何度か取り上げたGDPR(一般データ保護規則)が来年5月末に施行され、データについての個人の権利が大幅に強化される見込みだ。日本でも、今月、公正取引委員会が、データ寡占化を牽制する報告書を出している*4

こうした動きについて「余計なことをするな」という声もある。プラットフォーム企業は「AIの民主化」を高らかに宣言*5している。が、前回取り上げたように「それは陰謀だ」という声もある。

 

ただ、今後、流れは「ルール化」に傾くかもしれない。その理由は、このエッセイの最後の方で触れられている分析にある。

データやAIを使うには、十分なネットワーク帯域へのアクセスが必要だ。そして、ある地域でどれくらい帯域が使えるかと、どのくらいの所得が見込めるかが、高い相関になりつつある。エッセイでは、それが理由で、米国FCCは2014年以来、地域別のブロードバンド普及率(まだらで、取り残された地域がある)の公表を止めたのでは、と論じている。

そうした中、国内ではいくつかの自治体がIoT向けのネットワーク整備*6を進めている。これは地域の産業や生活の重要なインフラになっていくだろう。そうした中で、経済と技術と行政のバランスを考えていくことになると思う。

*1:https://medium.com/@bjaneway/which-productivity-puzzle-ffe1d574ae96 “Which Productivity Puzzle” by William H. Janeway

*2:『インターネットの次に来るもの』第2章コグニファイング

*3: https://www.acast.com/theeconomistbabbage/babbage-battle-of-the-maps-1

*4:http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170606/k10011008461000.html 公取委 大手IT企業のデータ寡占化に独禁法で対応へ NHKニュース2017年6月6日

*5:グーグルやマイクロソフト等の大手からスタートアップまで、様々な場で発信している

*6:https://japan.cnet.com/article/35098951/ 大規模なものだと福岡市がLPWAネットワークを市全域にめぐらせて、人の動き、畑の環境、子どもや高齢者の見守り等への活用を目指している

GAFAの陰謀論!?シンギュラリティ仮説の背景を読み解く

宗教や文化といった背景から、シンギュラリティやテクノロジーについて捉えること。東京大学の情報学環の須藤教授のお話から興味を持ち、仏哲学者ジャン=ガブリエル・ガナシア氏の著作*1を読んだのだけれど、正直に言えば、警世の一冊なのかとんでも本なのか、僕には分からなかった。

ガナシア氏の主張は、大きく3つある。

1. 「シンギュラリティ仮説」は科学的な根拠がない「神話」のようなもの。指数関数的な進化を、将来にわたって、あらゆるものに当てはめるのは無理がある。

2. その「神話」の源泉は、古代に西洋世界で力をもった「グノーシス主義」である。これは、いま僕らがいるのは狂った世界で、秘められた知識によって覚醒し、光の世界に回帰する、というもの(「マトリクス」の世界ですね)。

3. シンギュラリティを宣伝する米国のテクノロジー企業には、近代国家に替わって世界を支配し、新しい社会を創りあげるという政治的目的がある。

1は、まあいいとして、2や3については突っ込みどころ*2がたくさんある。

 

読んだ後、ちょっと調べてみると、どうやら英語版がまだ出ておらず、早川書房が独占翻訳権を持っていて、邦訳がでている。アマゾンのフランスのサイトを見ても、コメントがあまりない。ガナシア先生いわく「本国フランスでの評判は上々」*3らしいが。

しかし、もう少し見ると、「極東ブログ」で書評*4が出ていて、HONZでも取り上げられて*5いる。

うーん、米テクノロジー企業の陰謀論は置いておいて、何か大事な論点があるのだろうか。

あるとすれば、それは「歴史的な時間感覚」かもしれない。グノーシス主義は、世界があるとき大転換するということで、僕らはそこに拘束される。これは古代ギリシャや仏教の円環としての時間とは異なるし、グノーシス主義を排斥したキリスト教とも異なる。そして、finalvent氏が指摘するように、日本人の感覚とはかなり離れている。

解説には

"グノーシス主義の隠然たる影響力は、近代の合理主義によってはじめて克服されたと言われる。著者は近代合理主義者として、シンギュラリティ仮説がこのグノーシス主義と共通点を持つという。”

とある。そうだとすると、シンギュラリティ思想の流行には、多少の注意は必要かもしれない。少なくとも僕自身は、自分が主体的に行動できるのは「いま」で、それによって未来が変わると思っている。

GoogleのNgram Viewer*6で調べると、シンギュラリティにはまだそれほどの熱狂はなさそうだ。持続的可能性の方がまだ3倍以上の頻度がある。少しほっとした。

*1:「そろそろ、人工知能の真実を話そう」早川書房

*2:例えば、古代の思想がなぜ現代に影響しているのか。マーク・ザッカーバーグやイーロン・マスクは隠れたグノーシス教徒なのか。また、テクノロジー企業の目的が世界支配というのも論理に飛躍がありすぎではないか。

*3:http://www.sankei.com/life/news/170605/lif1706050012-n1.html 仏哲学者ガナシアさん、警世の一冊 AIとの共生、決めるのは人間

*4:http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2017/05/post-5eb1.html

*5:http://honz.jp/articles/-/44063>『そろそろ、人工知能の真実を話そう』シンギュラリティ仮説の背後にうごめくもの

*6:https://books.google.com/ngrams Googleがデジタル化した、過去500年にわたる数百万冊のデータから、単語の出現頻度を調べることができる。