太田直樹のブログ - 日々是好日

テクノロジーが社会を変える

デジタル田園都市の課題とチャンス(後編)

前編では、デジタル田園都市国家構想の意図と基本骨格、そして陥りやすい落とし穴(と変化の兆し)について整理しました。

そこから3つの提案をしますが、ポイントは人材の話とセットにしていることです。また、フィールドとしては、「地域にデジタル人材がいない」という声をよく聞く人口20万人以下の市町村を想定しています(日本の人口の約半数が住んでいます)。

前編と同じく、後編も僕の個人的な考えで、政府やデジ田会議のものではありません。

デジタル田園都市の4つの施策のうち、裾野が広いのは「デジタル実装」と言われるものです。前編で事務局が作成したスライドを引用しましたが、当面100地域、2024年度末までに1000団体という目標が掲げられており、2021年度の補正予算では200億円が計上されています。事業申請の主体は、都道府県と市区町村です。

デジタル田園都市を牽引する自治体から変革は始まる

デジタル田園都市はまちづくりの施策ですが、上記のように行政のリードが期待されていることから、まず行政自体が変わることが大切です。行政組織とそこで働く職員は、現在、デジタルからとても遠いところにいるからです。

日本の行政組織のシステムは、2015年から「三層分離」と呼ばれる原則の上に成り立っていて*1、インターネットと接続できる層には、いわゆるホームページくらいしかありません。住民が使うサービスや行政職員の業務の大部分はネットから隔離されたところにあります。2010年代はクラウドサービスが進展しましたが、行政はその恩恵は全く受けておらず、2000年代後半くらい、すなわちスマホが登場する前の環境にあります。

このことを知らずに、あるべき論を語ったり、行政を批判するのは、あまり効果的ではありません。

行政組織は仕事をする環境が民間と全く異なります。メールや共有ファイルは特殊で使いにくく、スケジュール管理や会議システムも不便ですし、WiFiすらない職場も多数あります。行政サービスやアプリの多くは、民間の便利なサービスに慣れていると、修行かと思うほど使いにくく感じます。スマホが登場してから、いつでもどこでも誰でもコンピューティングができるという前提で仕事をしたり、サービスが提供されていますが、日本の行政組織にはその前提がありません。

まずここから変えないと、デジタル田園都市は明後日の方向に進むか、前編で書いたような丸投げになります。

良いニュースは、二つあります。一つは、行政組織による民間人材の登用が2018年辺りから拡大していること。中央省庁だけでなく、地方の市町村でもデジタル人材の登用が可能になりました*2

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行政組織におけるデジタル人材の登用

もう一つは、然るべき組織を作り、民間人材を交えて、2~3年改革を進めると、しっかり成果が出るということです。

このあたりは、東京都のDXであるシン・トセイのnoteをいつくか読んでみてください。へぇーと思うことがあると思います。そして、その相似形が各地で起こりつつあります。

30年に一度のチャンス:地域の基盤産業の変革

デジタル実装では、農業や医療や交通などの例が上がっていますが、地域ならでは価値を生み出すという観点からは、その地域で「外貨を稼ぐ」産業、基盤産業と言われますが、これに光を当てるのが良いと思います。大きな基盤産業は、全国で300くらいあります*3

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気仙沼の産業・雇用創造チャート(右上が基盤産業)

この話をすると、「デジタル」と銘打っているのに新規性がない、もっと言えば手垢がついた地場産業に目を向けることについて質問をいただくことがあります。

基盤産業が重要なのは、雇用の乗数効果、すなわち基盤産業で一人雇用が増えると他の産業の雇用が数名増え、加えて、地域の魅力の核になるからです。そして、いま、変革の機会が開かれています。

ほとんどの基盤産業は数十程度の中小企業が核になっています。日本の中小企業の経営者のピーク年齢は、1995年は48歳でした。若いですね。それが、2015年には67歳になりました。全く世代交代が起こらなかったことが、2000年前後のIT改革に乗り遅れた大きな原因です。

2020年代に入って経営者が70代になり、ついに世代交代が始まりました*4。バトンを受け取った経営者は、積極的にデジタル改革を進めています。30年に一度のチャンスと言ってもいいと思います。

ここで行政が貢献できるのは、産業政策というよりは、人材開発です。デジタル人材の育成はもちろん重要ですが、経営者の育成に大きなチャンスがあります。取り組みを始めて5年もすると、数十名の経営者が、新しいアイデアをどんどん試すような地域になります。

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気仙沼市の経営人材育成

経営者がデジタルを道具として使い出すと、人の動きやエネルギーの流れなどを、企業や業種をまたがってデータで可視化し、活用する機会が見えてきます。ここで取り上げた気仙沼でいえば、

・データが駆動する観光

・スローフードや循環型の地域経済

などの可能性が検討されており、ユースケース主導でデジタル基盤を整備する体制が整いつつあります。

未来が立ち現れる:新たな価値の創出

地域で地に足のついた形で、デジタルを道具として使い始めると、予想もしていなかったような未来が立ち現れることがあります。道具としてのデジタルの特徴のひとつは、いろんな人が寄ってたかって、つくりながら発見していくことができることです。これは、日本が強かった製造業のやり方と大きく異なります。

僕は、宮崎県の新富町でいわゆるスマート農業に関わっています。この町の基盤産業の一つはピーマンの施設園芸ですが、世代交代が進む中で、デジタルへの投資が進んでいます。始まりは、人手不足解消を目的としたピーマンを収穫するロボットの開発です。様々な人が関わりながらつくっていく中で、以下のようなイノベーションが生まれています。

・収穫ロボットの「眼」を通して蓄積されたベテラン農家の知恵が、新規就農者に伝わる

・ハウスから離れたところからピーマンの状態がわかり、仕事ができる

・収穫ロボットの弱い部分を、障害者の方が遠隔でコントロールして補完できる

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農家とエンジニアが一緒に農の未来をつくる@新富町

これはサイバー空間において仕事をする、知恵が共有される、いろんな人が参加できるという意味で、最近流行り言葉になっている「メタバース」そのものではないでしょうか。サイバー空間の活用は、ヘッドマウント・ディスプレイをつけて会議をするだけではありません。

新富町のスマート農業は、スタートアップ企業が牽引しています。事業は、単なる収穫の自動化を超えて、農業従事者の暮らしを豊かにし、農業の環境負荷を低減するなどの広がりを見せており、それを支えるサイバー空間、具体的にはデータとアルゴリズムが持つ可能性に対して、投資家が大きな価値をつけています。

デジタル田園都市国家構想には、ウェルビーイングとサステナビリティという成果が期待されています。両者とも抽象度が高く、ともすると、事業計画をつくってから後付けで考えるとか、アンケートで体裁をつくる、ということに陥りがちですが、新富町の農業のように具体的な形で、ウェルビーイングな暮らしやサステナブルなビジネスの未来をつくっていくことができます。

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関係人口の年表

そして、予想だにしなかった未来の価値は、多様な人同士の化学反応が大きく寄与します。新富町は「関係人口」と言われる、地域の外から関わる人が多い地域としても知られています*5。関係人口は2012年ごろから、大きな潮流となっており、島根県海士町の教育、岡山県西粟倉村の林業、長野県小布施町のエネルギーなど、各地でイノベーションを起こす原動力になっています。

熱量から拓かれる予想もしなかった未来

デジタル田園都市については、自動運転や遠隔医療で地域の課題を解決する、というような技術主導の話になりがちです。恐らく、企業が試したい技術をそのまま持ち込んだ事業がデジタル田園都市事業で散見されると思います。それらの技術の可能性を否定するつもりはありませんが、ここでは人の熱量に着目した提案をしました。

行政における民間からのデジタル人材の登用、そして次世代経営者や関係人口の挑戦など、人から生まれる熱量が、予想もしなかったような未来を拓くことを願っていますし、自分なりの貢献をしたいと思っています。

 

*1:「三層分離」が行われた大きな原因は、2015年の日本年金機構の情報漏洩の事案への対応です。

*2:デジタル人材の登用のチャートを少し補足すると、CIO補佐官というアドバイス・管理型から、自ら手を動かすエンジニア、データアナリスト、サービスデザイナーなどが行政で活躍するようになっている。

*3:地域の基盤産業は、政府の統計ダッシュボードやRESASで簡単に調べることが可能。

*4:変化を示す代表的なものは、事業承継希望者を投資家が支援するサーチファンドが日本でも登場したこと。

*5:関係人口については、この記事も参考にしてください。関係人口から拓ける地域の未来 - 太田直樹のブログ - 日々是好日