太田直樹のブログ - 日々是好日

テクノロジーが社会を変える

監視社会に対する戦い?ー市民参加のデジタルプラットフォーム

DecidimやvTaiwanなどのデジタル政治参加プラットフォーム(Digital Platforms for Political Participation/DPPPs)が、世界各地で拡大しています。日本では、昨年10月から兵庫県加古川市とCode for Japanがスマートシティ推進に関する協定を結び、加古川市版Decidimの運用を開始しています。

以下は、欧米を中心に論文や記事などをリサーチしたものです。どんな論点があるのか、参考にしていただければと思います。私が代表を務めるNew Storiesの学生インターンによるものです(感謝!)。

世界には30を超えるプラットフォームがあり、その中の一つDecidimは、バルセロナを含む100都市以上(20カ国)で使われています。DPPPs運用の目的は多様です。政府にアクションを促す圧力を生み出すしくみ、市民のデジタル主権(digital soverignty)を保護するツール、デジタル監視社会への反発(techlash)を和らげるためのスマートシティのギミックなどが謳われています。

DPPPsが社会に与えるインパクトについては、系統だった研究や実証はまだないようですが、DPPPsのデザインが、市民にどのような感情や評価を生み出すのかなどについては分かってきています。

最大の課題として挙げられているのは、DPPPsが持つ政府への拘束力の欠如です。政府が耳を傾けない、再解釈してしまう、政治利用するなどの具体例が取り上げられています。

最も広く使われているDecidim

About Decidim:Decidimの公式ウェブサイトには一覧リストがあり、都市をクリックすると運用の様子が分かる。例えば、New York Cityでは、Civic Engagement Commissionが運営し、10万ドルの使い道を決めており、青年育成関連事業などに使われている。議論にはPol.isという合意形成アルゴリズムが使われており、不適切な発言の管理もなされている。

Decidim --- デジタルプラットフォームは熟議をもたらすか(吉村有治)

  • 2015~2019年のバルセロナ市のアクションプラン策定の際には、4万人以上の市民が参加し、市民側から10,860の提案があり、約1,500のプランが採択された実績がある。
  • そのなかには、昨今のオーバー・ツーリズムの波を受け、新しいホテルのライセンス発行の許認可問題や、市内を斜めに貫く路面電車の建設を巡る問題など、都市に暮らす人々の生活に直結する議題が数多く議論されていた。

Hyperconnected cities to reap US$60 billion, says new report (Tuxford, Kirsty. Cities Today; 2019/12):市民が新技術を取り入れる際の ”テックへの反発(techlash)” をDecidimを用いて避けた成功例としてバルセロナは注目されている。

Smart cities still need a human touch; Urban experiments in Toronto and Barcelona will inform policymakers around the world (Thornhill, John. Financial Times; 2019/08)

  • トロントではGoogleが都市改造計画を発表し、データを収集することによって最適化を行い、環境にポジティブなデザインにしようとした。しかし市民からはGoogleのデータ悪用、デジタルシティズンシップの侵害など反対の声がある。
  • 反対にバルセロナでは、市民の”デジタル主権” (degital soverignty)を保護する方針を保ちつつ、同様の計画を行おうとしている。
  • バルセロナ市はDecidimのソースコードを公共のものとして扱い、公開を原則としている。
  • テクノロジーよりも人が街をデザインしなければならない。

Barcelona is leading the fightback against smart city surveillance(Wired, 2018/05)「バルセロナがスマートシティの監視に対する戦いを率いている」Francesca Bria (Barcelona’s Chief Technology and Digital Innovation Officer) は以下の様に話す。

我々はスマートシティのパラダイムを逆転させようとしている。

テクノロジーからのトップダウンではなく、テクノロジーとの併走を目指す。

今使っているデータの90%は3年前には存在しなかった。5GとIoTでこれからもっと増える。

Our data is valuable. Here's how we can take that value back (Bria, Francesca. The Guardian; 2018/04)「我々のデータは価値がある。ここにその価値を取り戻す方法がある」

  • 今日IT企業は、主要なデジタルインフラを握り、もはや封建時代の王の様である。
  • 市民のデジタル主権(degital sovereignty)を守るためには、デジタルインフラの再構築と、自身の情報の所有権を市民に保証することが必要だ。
  • Decidimは、EUの目指すDECODEプロジェクトの目標を達成する。
  • データを、水や電気のような公共インフラとしたい。
  • 我々は、シリコンバレーの監視資本主義(surveillance capitalism)や中国の社会信用制度以外の選択肢を提供しなければならない。

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Deliberative Platform Design: The Case Study of the Online Discussions in Decidim Barcelona (Aragón, Pablo. International Conference on Social Informatics; 2017/09) 「Decidimのケーススタディ」

  • Decidim内でのコメントを①中立②ポジティブ③ネガティブに分類し、どのカテゴリーのエンゲージメントが最も議論を促すのか研究したもの。
  • 結果として③のネガティブ(提案された議題に対して批判的)なコメントが、最もユーザーの参加を促しており、熟慮された意思決定を促してる。
  • 参加型民主主義の試みは世界で行われている。しかしDecidimの様に賛否に分かれて議論できない。

Covid-19への対応で注目される台湾のvTaiwan

COVID-19 what have we learned? The rise of social machines and connected devices in pandemic management following the concepts of predictive, preventive and personalized medicine (Radanliev, Petar et all. EPMA Journal; 2020/05)「台湾のケーススタディ」

  • COVID-19の間、vTaiwanは社会問題を早期発見するのに役立った。
  • 結果として、買い占め(panic buying)を防ぐこと、マスク配布マップなどの構築に繋がった。

A Comparative Analysis of Decide Madrid and vTaiwan, Two Digital Platforms for Political Participation (Tseng, Yu-Shan. University of Durham; 2020)「2つの政治参加デジタルプラットフォームの比較研究:Decide MadridとvTaiwan」

  • マドリード市議会によるDecide Madridと、台湾のvTaiwanの比較研究。
  • Decide Madridの方がvTaiwanよりも権限が強い。なぜなら、マドリード市議会は採決された提案用に、1億ユーロの予算を事前から割り当てているからだ。例えその提案が公職者の反対にあったとしても予算は割り当てられる。
  • vTaiwanから誕生したUber規制案は成功の様に見えるが、実は交通省と反Uber団体によて再解釈され、容易に無視されてしまった。
    • Audrey Tang氏のブログによれば、4点のみが実際の規制法案に埋め込まれた。ブログを読む限り、Uberの件において保険適用に関する規制など、vTaiwanで可決されつつも採用されなかった提案があった。
  • 過去から存在するDPPPsやアナログな参加型政策立案というのは、政治力の強化や政策の正当化に利用されたケースがいくつかある。(Chadwick, 2001). Decide MadridとvTaiwanも例外とは結論付けられない。

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Pol.isを使った議論(Autry Tangさんのブログより)

台湾発の合意形成プロセスを学ぶワークショップ@霞ヶ関・鎌倉を開催(前編)〔イベント〕 (Pnika; 2019/03)

  • Audrey Tang氏などが登壇。
  • デジタルリテラシー格差問題はどうするのか:「テクノロジーの空間に来てくださいと言っているのではなく、人々のいる場所にテクノロジーを持って行ったということ。対面のミーティングを置き換えようというのではなく、これまで参加できなかった人にSli.doやライブストリーミングで参加の間口を広げる。またツールと言えば、vTaiwanやコラボレーションミーティングでは課題をマッピングしますが、これは基本的に人々が同じ事実、同じ感情について話をしていることを確認するためにやっています。同じものをみて、感情をシェアすることが重要です。」(Audrey Tang)

V the people (Horton, Chris. MIT Technology Review; 2018/09) 「『ネットの意見が法を作る』デジタル民主主義で世界をリードする台湾の挑戦」

  • 導入から3年が経ったが、vTaiwanは政治を取り込んだとは言えない。いくつもの政策議論には使われたが、政府は議論の結果を受け入れる義務がない。しかし、いくつかの行き詰まった課題に議論を促すのには役立ち、現在ではJoinというより大きな、ナショナルスケールの議論プラットフォームの構築に役立っている。
  • 元々、オンラインでの酒類販売法についての議論が行き詰まっていたことから、vTaiwanが作られた。Pol.is CEOのColin Megillは、「その行き詰まりはほぼ瞬時に解消された」という。
  • Pol.isの特徴は二つある。
    • ユーザーは提案やコメントはできるが、そのコメントに他のユーザーは返信ができない。これによって、煽りや炎上などを防げる。
    • 賛成反対の情報を用いて、多数の議題に渡って似たような意見を持っている人々をグループ化する。これによって、どのグループ間でどの様なデバイド(隔たり/対立)があるのか可視化できる。
  • vTaiwanの初期の成功として、Uberの規制に関する法律の議論で大いに役立った。
    • 当初はUber肯定派と否定派で分かれていたが、徐々に両グループに支持される7つのステートメントが現れた。
    • 「最低走行賃料を決めるべき」「ドライバーの車は登録制にすべき」「ドライバーは複数プラットフォームに登録することを許されるべき」など
    • ※注:別論文が指摘する様に、提案はうまくまとめられたものの、実際に法案に組み込まれたのは4点ほど。
  • vTaiwanは賛否の谷を橋渡しすることはできる。しかし橋渡しできないのは政治とのギャップだ。2016年にTsai政権が発足したのち、ウェイトリストにあった法案は全て廃案となった。Ma政権が草案を作成したオンライン酒類販売法も、結局光を浴びることはなかった。「牙の無い虎と同じだ」。Tsai政権は、デジタルエコノミーに関連する議論のみを採用した。
  • 20万人が参加しているvTaiwanに対して、Joinは既に500万人が参加している。Joinも政権に対して拘束力を持つわけでは無いが、政府機関が参加に合意し、かつ嘆願書に5,000以上の署名が集まった場合は、各項目において提案採用/非採用の理由を説明する義務が発生する。Tsaiの所属するDemocratic Progressive Partyの法案家であるKaren Yuは、vTaiwanは運用を止める危機に瀕するほどであったが、Joinは政府に管理されることによる正当性に利しているところがあるという。

熟議の可能性を求めて

Effects of Moderation and Opinion Heterogeneity on Attitude towards the Online Deliberation Experience (Simon T. Perrault, Weiyu Zhang. Yale-NUS, NUS; 2019/01)

  • シンガポールにてデジタル議論プラットフォームを作り、アンケートなどを通じて調査。意見の不均質性(混合性/heterogeneity)が高いほど、その議論が公平であるという評価(参加者の感情)を得るという結果。
  • プラットフォームの管理(moderation)が高度であればあるほど、参加者の議論段階に対する公平感(perceived procedural fairness)、妥当性(validity claim)、政策の正当性(legitmacy)などへ負の影響がある。
    • 低度管理(low moderation)と高度管理(high moderation)の比較によってこの結論が導かれた。低度管理では、管理者が最初に投稿し、最低限の秩序保護や重複内容の削除などをした。そして、議論や貢献度の高い意見の可視化をするアップデートを機械が自動で行った。高度管理では、管理者が参加した人に議論規則を含めた説明を行った。そして、議論や貢献度の高い意見の可視化をするアップデートを手動で行った。不適切な投稿やユーザーの削除も実施。

NYUのGovernance Labが、デジタル参加型民主主義に関するオススメの文献をいくつも紹介している。

  • DPPPsのフレームワークや、設計のアドバイスもある。
  • 20を超えるDPPPsのリストがある。サイトディレクターBeth Noveckは、多くの参加型政府プロジェクトが、vTaiwanのUberの事例に見られるような政権へ対する拘束力が無いという課題を抱えていると書いている。