太田直樹のブログ - 日々是好日

テクノロジーが社会を変える

国境を越えてデータが流通すると何が起こるのか

1年半ほど前に、サイバー空間に国境は必要か、という視点から、日本は重要な役割を果たすかもしれない、と書いた。ただ、そもそも、国境があると困るのだろうか。例えば、中国に行ったらしばらくの間、Facebookとかを我慢すればいいだけではないのか。

kozatori7.hatenablog.com

いま、グローバル化には逆風が吹いている。貿易や移民、これらが目に見えるのに対して、グローバルに動いていて、重要な役割を果たしているのがデータだ。ただ、データは見えないだけに何だかピンとこない。

マッキンゼーの分析*1によると、国境を越えた流通は、過去10年でGDPを10%押し上げた。2014年単年で8兆円の規模になる。何が流れているかというと、商品、サービス、金融、人、それからデータだ。データはGDP押し上げ効果の35%を占めるという。貿易額の伸びが鈍化する中、データの自由な流通は世界経済にとても重要になってくる。

データの流通は、馴染み深い貿易や移民と比べて新しく、急激に増大している。そして、貿易や移民と別の理由で、データ流通をブロックする動きが拡大、深化している。中国でFacebookやGoogleが使えないという目立つものだけでなく、アジアや欧州で「データ現地化」によって、クラウドを使ったサービスや業務が困難になってきている。

日本に注目が集まるわけ

ワシントンDCでDigital Governanceについての討論会に参加した。パネリストは、米国と欧州のデジタルを所管する部局と米国IT業界団体の専門家、それと僕。最初に口火を切れという。

理由は、安倍総理がダボス会議でData Free Flow with Trustという提案を宣言したからだ。6月に日本で開催されるG20で具体的な提案がでてくる。

デジタル大国でない日本に提案する力があるのだろうか。実は、日本は二つの流れで重要な役割を果たしている。特に後者で日本の立場はユニークだ。

ひとつは、2017年のWTOの閣僚会議(MC11)で決まった電子商取引のルールづくり。データの自由な流通も検討項目に含まれている。70カ国以上が参加し、その中には米国と中国もある。以降、議論を重ねており、今年の1月には中心的な役割を果たしている日本、オーストラリア、シンガポールが、この動きを支持する共同声明を出している。

もうひとつは、地域間のプライバシールールの調和。日本はAPECのCross Border Privacy Rules(CBPRs)に2014年に参加している。またGDPRという世界で最も厳しいルールを持つEUとも、時間はかかったが、個人情報保護の十分性認定を今年1月に結んでいる。 

アメリカで聞いたのは、こんな声だ。

GDPRは正直面倒だけれど、日本は欧州からよく十分性認定をとったよなあ。

日本がリードしたCPTPP(環太平洋パートナーシップ)はデータ流通について最も進んでいるんじゃないか。

日本が参加しているCBPRsはアセアン以外にも拡大するかもしれない。

これらから、データの自由な流通を守るために日本が何か役割を果たすのでは、という期待が生まれている。

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他方で、懐疑的な声もある。GDPR、TPP、CBPRsでデータの扱いは異なる。そもそも、アメリカには個人情報保護法にあたるものがない(ただし、この1年で大きな動きがある*2)。そして、中国が参加しているWTOのeコマースのルールで、データの扱いがどのようなレベルになるのか。これらは簡単ではない。5月のG20でどのような合意がなされるのか、注目したい。そして、G20の準備をしている皆さんにはエールを送りたい。

「信頼」がゲームチェンジャーになる

これから社会も経済もデジタルが飲み込んでいくのだけれど、2030年に、どのような世界が待ち受けているだろうか。そもそもデータの流通というような話は、専門家に任せておけばいいのではないか。

  • 国家間に信頼が生まれないと、世界は異なるデジタル社会に分断される。データは流通せず、世界の経済、文化、技術は停滞する。こうなると思っている人は多い。この世界での日本、特に高齢化が進む東京で暮らすのは大変そうだ。
  • データが自由に流通すると、世界経済は発展し、グローバル企業がより栄える。国民国家は、独禁法やデジタル税でグローバル企業を牽制するだろう。ただ、本質は、国家や企業が市民やユーザーから信頼されるかどうかだ。いまは各国政府も企業も課題を抱えている。
  • あるいは、国や企業の役割が縮小し、よりフラットなデータ流通・活用のしくみが生まれるかもしれない。国が発行する通貨や企業で働く時間が小さくなる社会。そこでは、個人も変わっていくことが求められそうだ。

それにしても、どうすれば未来を選択できるのだろう。

身近なところで注目したいのはオープンデータだ。国、企業、個人がオープンデータにどう関わるかが、信頼をどのような形でつくるのかを決める重要な要素になりそうだ。オープンデータが進んでいないと、データの自由な流通は「どこか遠いところで起こっていること」になり、能動的に未来の社会を選ぶことが難しくなる。これからの数年がとても大事だ。

*1:https://www.mckinsey.com/~/media/mckinsey/business%20functions/mckinsey%20digital/our%20insights/digital%20globalization%20the%20new%20era%20of%20global%20flows/mgi-digital-globalization-full-report.ashx

*2:この1年、連邦法としてプライバシールールが必要ではないか、という動きが議会で生まれている。背景にはカリフォルニアで厳しいプライバシールールが生まれたこと、FTC(連邦取引委員会)が個人データについて、消費者を十分に保護できていないのではないか声があること、などがある。