太田直樹のブログ - 日々是好日

テクノロジーが社会を変える

スマートシティ・アーキテクトに求められること

スーパーシティの選定が行われるが、要件の一つに「アーキテクト」が想定されている。そして、アーキテクトが重要だといろんなところで言われている。ただ、アーキテクトがどのような人なのかは、とてもぼんやりしている。選定要件で、かつ重要な役割なのにそれでいいのかと思うが、「ITに詳しそうな有識者」を担いで実務はコンサル会社やシンクタンクがやる形で選定を通ってしまう地域がほとんどではないかと危惧*1している。

スマートシティ・アーキテクト育成をSmart City Institute Japan慶應義塾大学SDMが立ち上げる、ということで僕も参加させていただいた。パネルディスカッションでSDMの白坂先生が投げかけた最初の問いは「(良い)アーキテクトがいなかったらどうなるのか」というものだった。

僕の答えは

・PoC(実証)祭りで終わる

・プライバシーなどテクノロジーへの不安が広がる

・劣化した東京みたいな個性のないまちになる

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11/14に会津若松で話したプレゼン資料より

ということで、以下に僕のプレゼンテーションを採録したい。相互運用性やデータ連携のような技術の話(下図の右側)はまったく出てこないが、それらは必要条件と考えてほしい。

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スマートシティ・アーキテクチャーの基本構造(内閣府資料より)

逆に、良いアーキテクトがいると、土地・空間の価値があがる*2、とNewsPicksの藤井保文さんとの対談や日経の記事では話している。ちなみに、アーキテクトは、スーパーマンのような個人ではなく、チームでよいと僕は考えている。

未来をつくる方程式

散々言われていることだが、技術だけでは未来はつくれない。それで「人間中心」と謳っている取り組みがたくさんあるが、お題目で終わっていることが多すぎる。僕らが目にするのは、自動走行の技術を持ってきました、デジタルサイネージの技術を持ってきました、というようなものばかりだ。

僕がこの3年間実際にやってみて*3お勧めするのは、安宅和人さんが提唱している「未来をつくる方程式」だ。

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この方程式の実践を一緒にやってきたのは、ドミニク・チェンさん、太刀川英輔さん、藤井靖史さん。大きな特徴は3つで

  • 願いについては、ウェルビーイングの理論に基づく内観ワークをやり、自分の願いから大きな願いにつながっていく
  • デザインについては、関係性を軸に、強度の高い願いをかたちにする進化思考のフレームを活用する
  • これらのワークを、リビングラボで地域の人と一緒に実際につくる

というものだ。

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つくったものの例をここでは3つ挙げているが、技術だけだとこんなサービスは生まれない。そして、実際にデモを体験すると強度が高いことが分かる。ただ「植物が町の人に語りかける」なんて、意味があるのかという人もいる。そういう人には、ベルリンの「街に水をあげよう」というサービスを見てもらう。ベルリンにある60万本の街路樹の状態が可視化され、家の周りや通学路・通勤路の木が「話しかけて」くるのだ。

アーキテクトの知恵として押さえておきたいキーワードは、以下のようなものだ。この中で、デザイン思考やサービスデザインは、やってみると結構難しい。その大きな理由は「目的やゴールを手放す」ことが、時には必要になるからだ*4。また、内観的なワークについても、まだ一部の人や場でしか取り入れられていないのが現状だ。

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シビックテック

この数年、Techlashということがよく議論されるようになった。テクノロジー企業やテクノロジーに対する反発や不安だ。Covid-19のパンデミックにおいて、個人の行動データを使い倒して感染拡大を抑え込んだ中国を見て、その声は大きくなっている。いろんな人から「スマートシティって、大丈夫なんですか」という質問をもらうようになった。

また、日本ではデータ活用におけるプライバシーへの懸念が強い。この写真は札幌市のスマートシティの実証実験のものだが、デジタルサイネージから3メートルのところに目立つ線が引かれていて、2箇所に「サイネージの閲覧人数・年代・性別をセンサーで計測しております」と大きく書かれた看板がある。僕は現地でしばらく見ていたが、誰もここには入ろうとしない。当たり前だ。

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今年の7月に大変興味深い対談があった。ひとりは、ユヴァル・ノア・ハラリで、我々の脳や心はハックされていると警鐘を鳴らしている。FTへの寄稿でも「我々は、自由な社会か監視社会かの分岐点にいる」と書いている。

もうひとりは、オードリー・タン。彼女は、ハラリがいうアルゴリズムを「コード」と言い換えた上で、そのコードはプログラミングだけでなくルールも含んでいる、そして、近い未来に、誰もがいつでもコード、つまりルールについて提案することができる、として台湾における事例を話している。

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皆さんはどちらの未来をイメージしているだろうか。

僕は、Code for Japanで活動しているからという理由もあるが、テクノロジーが民主化される兆しに注目している。台湾だけでなく、日本でも、東京都の新型コロナ対策サイトが200名を超える市民によって開発された。国境を越えて、オードリー・タンさんも参加している。呼びかけをして、マネジメントしたのはCode for Japanだ。サイトは数日で完成し、400万人に利用された。大きな特徴は、サイトがオープンソース化されていることで、東京都のサイト開設後、すぐさま30を超える自治体で同様のサイトが構築された*5

こうしたシビックテックは、小さくて大きな政府実現のひとつの手段になる。スマートシティの場合でも、日本は国民負担率*6が欧州より低く、アメリカに近いので、行政だけでサービスが完結することは難しい。シビックテックは個人だけでなく企業の活動もあり、スマートシティにおいて大きな役割を担いうる。

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アーキテクトの知恵として押さえておきたいキーワードは以下のようなものだ。ここでプレゼンの場では少しテンションがあがってしまったのだけれど、日本ではオープンソースが本来のインパクトを出せていない。スマートシティの文脈でいえば、欧州でOSSとして開発されたFiwareの日本における状況を見れば分かる。端的に言えば、NECの製品のようになっており、開発者のコミュニティはないに等しい*7

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開疎化

スマートシティは、よくMaaSやオンライン医療などが語られるが、それだけではもったいない。建設や土木は急速にデジタル化していて、コマツのスマート・コンストラクションはよく知られているが、デジタルによって、まちの空間は根本から変わりうる。

例えば、都市や地方を流れる河川の多くはコンクリートでガチガチに固められているものが多いが、地理空間データを活用して三次元モデルで分析することによって、多自然の川にすることができる*8

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インフラ整備にコンクリートではなく環境や自然を使うグリーンインフラ(国交省資料より)

空間を考えるとき、これから重要になってくるのは「開疎化」だ。都市は、人類最大の発明のひとつで、これまで社会や経済を引っ張ってきた。空間でいうと、疎から密へ、開放から密閉へ、人や金がシフトしていった。しかし、これはwithコロナ/ウイルスの時代にはリスクになる。不動産や空間の価値は、混雑度や空気の流れ、人の流れなどに基づいて根本的に見直されるだろう。

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例えば、僕がDXフェローとして関わっている東京都の西新宿のスマートシティでは、混雑情報を使ったサービスがいくつもある。宮坂副知事はこれをBusyTechと名付け、データモデルやプラットフォームを構想している。

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この開疎化を、パンデミックの前から議論していたのが「風の谷を創る」という運動で、これは都市一極集中型の未来に対する代替案をつくることを目指している。

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地方で持続可能な空間をつくる大きな課題はインフラコストだ。住民一人当たりの行政コストは過疎地だと200万を超え、地方都市でも100万円を軽く超えている*9。大きな部分を占めるのが、道路や水道の維持費だ。「風の谷を創る」では、インフラの課題のほとんどはテクノロジーで解決できると考えている。スマートシティは、空間の再構築も含めて未来を描くべきではないだろうか。

アーキテクトの知恵として押さえておきたいキーワードは以下のようなものだ。ここにきて、専門家主導のキラキラしたものではない有機的な都市づくりを志向した、ジェイコブスやアレグザンダー、ゲールなどポストモダンの流れが、デジタルと結びついて、より魅力を増している。

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スマートシティには大きな可能性がある。どんなアーキテクトがでてくるか楽しみにしている。

kozatori7.hatenablog.com

*1:自治体の総合計画がこのパターンで、市町村名を入れ替えても分からないような画一的・総花的なものが多い。

*2:自治体の最大の税収は、約4割を占める固定資産税だが、この20年間は横ばいで、どうせ上がることはないと思考停止しているところが多いように思う。

*3:2019年に会津でやったハッカソンのブログ記事。夢のような4日間 | ウェルビーイングを実装して、未来のくらしをつくる - 太田直樹のブログ - 日々是好日

*4:この本をおすすめします。デザイン思考は「厄介な問題」に挑むすべての人の力になる(太田直樹)|翻訳書ときどき洋書|note

*5:東京都新型コロナウイルス感染症対策サイトを開発|一般社団法人 コード・フォー・ジャパンのプレスリリース

*6:国民所得に対する税や社会保障の比率

*7:この課題意識は、遠藤会長を含めて、関係者にはお伝えしています。

*8:政府のデータ戦略タスクフォースで提案(資料4)しています。データ戦略タスクフォース

*9:欧米では、人口規模に関わらず一人あたりの行政コストは30万円だ。