太田直樹のブログ - 日々是好日

テクノロジーが社会を変える

イギリスのNational Data Strategyについての英国内の報道

このところ各国で「データ戦略」が相次いで策定・公表されています。2020年9月に、策定を始めてから2年かかったイギリスのNational Data Strategyが公表されました。

以下はイギリスを中心とした記事リサーチです。どんな観点の議論があるのか、参考にしていただければと思います。リサーチは、私が代表を務めるNew Storiesの学生インターンによるものです(感謝!)。

UK National Data Strategy(NDS)とは

イギリスのデータ戦略はPro-growthを謳っており、データが経済や貿易を牽引することを目指している。主な施策は

  • 政府において500名のデータ人材を育成(2021年まで)
  • Chief Data Officerを設置
  • 国民がデータを使って、通信やエネルギーや年金でお得な料金を見つけられるSmat Dataプログラムへの参加を促進
  • ネットの有害情報を規制するために、データ共有の課題を解決する実証に約350億円を投入

というもの。EUや米国のデータ戦略と比べると「派手」な印象だ。

論点:経済成長、プライバシー、EUとの関係、上級顧問の存在、データ教育

UK wants pandemic levels of data sharing to be the new normal*1 by Tech Crunch

  • ビジネス:「データは現代の世界貿易、競争、革新の中心である。コロナウイルス危機から、データ活用の重要性は身に染みたと思う。我々はNDSが、データ革命で英国が牽引的存在となるための第一歩として重要であるとみなし、歓迎する」(Felicity Burch, director of digital and innovation, for the CBI)

  • ビジネス:「より効果的なデータ活用とクラウド機能は英国の長期的経済成長にとって鍵となる。我々は英国がデータエコノミーを牽引するにあたって大役を担うであろうNDSを歓迎する」(Darren Hardman, general manager for Amazon Web Services (UK and Ireland))

  • シンクタンク:「データは我々の生活を飛躍させることもあるが、同時に害することもできる。特に過剰な情報収集と不適切な利用に警告を発したい。」(Dr Jeni Tennison, VP at the Open Data Institute.)

A Step in the Wrong Direction for EU Data Adequacy?*2 by Orrick(UKの大手法律事務所)

  • NDSは、データ運用の管轄がDepartment for Digital Culture Media and Sportからthe Cabinet Officeに移行する事と、Brexitを鑑みて作成されたものとしている。(*注:UKがデータ運用上でEEA圏外とみなされるのは2021年1月1日から)

  • NDSの最大の問題点として、ビジネスによるデータ活用を促進することが結果としてUK data protection lawの緩和をし、一定の個人の権利が侵害される可能性を指摘している。一部の有識者は、NDSが“Pro-Tech” + “Pro-Growth”すぎるあまり、EUのデータ保護体制(GDPR)への実質的な否定であるとコメントしている。

  • EUは、Brexitによりthe Investigatory Powers Act 2016など、UKの諜報機関の力を拡大する法案などがEUの法廷で争点として挙がらなくなることに懸念を抱いている。

参考:Privacy Shield Sunk – SCCs Treading Water: What Can Companies Do to Keep Their Head Above Water (July 16, 2020)*3 by Orrick(UKの大手法律事務所)

  • EUの最高裁は、EU-U.S. Privacy Shieldを無効だという判決を出している。EU US Privacy Shieldは、個人データの欧州-米国間移動に関して、規制を課すものだった。(詳しくは日経の記事にて)

  • Safe Harbor(2015年以前のEU-US Privacy Shield)が無効になった場合と同じく、主に諜報機関が個人情報へのアクセスを許されていることが、最終判決の結論へ繋がった。

  • これにより、新規に個人データの大陸間移動をしようとする者は、オペレーションをEUに移すなどの変更を強いられる。

  • EUでは情報の国家間移動について、同様の法案(Standard Contractual Clauses or SCCs)があるが、これに基づき情報の移動が正当化されるかは2つの評価軸が存在する。対象国家のサーベイランスレベルと、情報の機密度だ。

EU-UK間のデータ流通に関して*4 by the Guardian

  •  EUからUKへのデータ活用サービス(data-enabled services)の輸出額は約£31bn(2017)、UKからEUへのデータ活用サービスの輸出額は約£80bn(2017)。

  • EUはUKのNDSに関して大きく2点の懸念がある。諜報機関への情報流出と、USなどの国への継続的流出である。

  • UK政府の上級顧問でIT関連政策に深く関わるDominic Cummingsは、以前にEUのGDPRを「ひどい法律だ」と形容しており、Brexitによる利点の一つはそんなGDPRから逃れられること、と発言した。

  • 法律事務所に所属するRoss McKenzieは、「UKはデータ活用の世界的中心地として躍進を目指しており、それ自体は称賛されることである。しかしEUが築いた高い水準を取り崩すことにならない様にしなければならない」としている。

New national data strategy ‘threatens’ UK data adequacy resolution*5 by NS Tech

  • NDSは、Brexit後に、EUとの充分性認定を損なうリスクがある。
  • The digital secretary のOliver Dowdenは、現在の職務に就く前に「恥じることなくPro-techであれ」と指示されという。NDSに関しては「データ活用が、保護されるべき危険というよりは成長の為の機会として描かれている」と発言した。

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Open Knowledge Foundation Comments on UK’s NDS*6

  • 毎年Open Data Indexを発表しているOpen Knowledge FoundationがNDSについてコメントしている。

  • OKFは、主に国民へのデータ教育の強化について強く訴えている。NDSにはデータ人材起用について計画が記されているが、公的機関内だけでなく、公共の場におけるデータ教育まで戦略的に行う事を提言している。

参考:Open Knowledge Foundationの提言

  • データ活用はチームスポーツであり、不十分なデータ人材では活用できない。

  • データ運用に関して、政府はプライベートセクターにどう関わるべきか?:フリーライセンシングと相互運用性(interoperablity)を促進すべき。

  • フリーライセンスとは、普段は知的財産法で規制される様なデータを、第三者がデータの再利用をする際の法的な許可である。フリーライセンシングが存在する事で、利用者はデータ活用の法的グレーゾンを免れることができる。

  • 相互運用性とは、UKがオープンデータ活用で牽引的存在となるために、政府が事業者に促進すべきことである。既に存在しているスタンダードでOKFが勧めるのは...

    1. the EITI standard for extractive industry transparency https://eiti.org/news/eiti-launches-2019-eiti-standard

    2. IATI standard for international aid and humanitarian efforts https://iatistandard.org/en/

    3. 360Giving standard for grants data https://www.threesixtygiving.org/

    4. OpenOwnership standard for beneficial ownership data;https://standard.open-contracting.org/latest/en/

    5. Open Contracting data standard for public procurement http://standard.openownership.org/en/0.2.0/

    6. Fiscal Data Package for government spending or budget data; https://specs.frictionlessdata.io//fiscal-data-package/

    7. Frictionless Data specifications for publishing data packages or tabular data https://specs.frictionlessdata.io//fiscal-data-package/

シンクタンクや大学(OKF, Kings College Londonなど)の合同声明*7

  • まとめ:情報技術の進化によって我々の生活は向上したが、一部の信用ならぬ企業が寡占的に情報を収集し、社会全体の情報革新を阻害している。NDSは、そんな現状をより公平で開かれたものにし、イノベーションを促進するための第一歩である。我々は、特に国民の情報教育に力を入れる事を提言する。