太田直樹のブログ - 日々是好日

テクノロジーが社会を変える

岐路に立つマイナンバーカード

導入してから2年で1割*1という普及率のマイナンバーカード は、この先どうなるのだろうか。現在、交付申請は伸び悩んでいる。2020年のいくつかのシナリオ*2と逆算したアクションを提案してみたい。

シナリオ① 停滞:住基カードの二の舞

もっとも避けたいシナリオだが、目の前に迫っている。マイナンバーカード の有効期限は、取得してから10回目の誕生日までだが、公的個人認証機能(JPKI)は5回目の誕生日まで。更新には、役場の窓口に行って所定の手数料を支払う必要がある。

もしあと3年経っても、コンビニで住民票をとるくらいしか使えないようであれば、何が起こるだろうか。カードの所有者の中で、当初の「何となく申請した」人は更新せず、納税などで認証機能を使いたい人が残り、すなわち住基カードのレベルまで実質の普及率は落ちるだろう。

(2018年9月追記:2018年分のeTax手続きは、暫定措置ではあるけれど、マイナンバーカードとカードリーダーが不要になり、IDとパスワードでできるので、カード保有者はさらに減る可能性がある。)

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シナリオ② 方針転換:民間IDへスイッチ

①と連動して起こる可能性がある。マイナンバーカードが普及しない中で、電子行政を推進するどうすればよいか。民間ID、例えば銀行が発行するIDと二段階認証を国が認定し、行政サービスに使えるようにするやり方がある。イギリスやデンマークはこの方式*3だ。

オンラインバンキング、アマゾンや楽天など、何らかの民間IDを持っている人は多いので、電子行政が一気に進むかもしれない。

この方針転換については、カード発行費用と交付や公的個人認証システムの費用はどうするのか、という議論になる。経済的にはそれらを埋没費用として、電子行政の機会費用と比較した判断になるだろう。社会保障の給付などについてはマイナンバーカードを使って、納付などは民間IDという併用が現実的かもしれない。

政治的責任についてはどうか。マイナンバー制度が、民主党時代に成立し、自民党時代に実行されたことから、その所在は曖昧になる恐れがある。

(2018年9月追記:民間IDを使ったモデルとしては、会津若松市の取り組みがある。これは、官民データ活用の事例集にも載っていて「お墨付き」を得ている。)

20%のデジタル利用率のインパクト | 会津若松で見えた未来 - 太田直樹のブログ - 日々是好日

シナリオ③ 発展:JPKIが電子行政の基盤に

2017年3月にマイナンバーカード 利活用推進ロードマップを内閣府・総務省から発表した。実は、自民党のIT戦略特命委員会が作成したロードマップ(案)はあったが、政府としてコミットしたものは長らくなかった。理由はここでは詳しく書かないが、内外でいろいろな抵抗があったということだ。

ロードマップで注目すべきは「医療保険のオンライン資格確認の導入」だ。これはどういう意味かと言うと、病院に行った際に健康保険証を見せなくても、マイナンバーカードで資格が確認できるということ。2018年に段階的運用、20年に本格運用を目指している。並行して、たくさんある診察券も、ID連携によってマイナンバーカード1枚で済む。多くの人において、カードの1枚化が目に見える形で実現する。

ロードマップの中で、いま出来る交付の起爆剤はこれしかない*4。これについて、詳細なアクションプランを作り、公表し、やり遂げることで、普及率3割が見えてくる。何故か。

カードの発行は、実は自治体の事業だ。積極的な自治体は、当初、普及率3〜4割を現実的な目標として置いていた。しかし、現在、そういった所でも、カード交付促進について様子見になっている。その判断の拠り所は”保険証との一体化*5”だ。多くの自治体は「ほんとに出来るのか」と思っており、確かに20年の本格運用に向けて不安な要素はいくつかある。

何とかやり遂げて普及率3割が見えれば、二つの展開がある。ひとつは、スマホにカードを搭載すること。技術的な実証は出来ているが、いまの普及率では、スマホメーカーやキャリアに相手にされない。もうひとつは、自治体の行政改革だ。出張所の数や定員を見直して他のサービスを拡充するなど、普及率3割を超えれば様々な行政改革が可能になる。

旧姓併記になぜ100億?

③のシナリオが現実性を帯びれば、システムの根深い課題に取り組む道が開けてくる。①や②ではシステムにヒトカネを投入することはないだろう。

マイナンバーカード は住基システムの上に構築されており、これが当初のカード交付の遅延など様々な課題の原因の一つになっていた。また、維持コストを、旧姓併記のシステム更新に100億円の費用がかかる*6など、一見理解不能なものにしている。

システム改革のためには、政府側の体制と調達ルールの革新が前提となる。これは大仕事だけれど、英国のGDSや米国のUSDSや18Fなどの先例から、いろいろ学ぶことができる。そして、それをやりきれば、課題の多いポータル(マイナポータル)やデータハブ(情報連携)についても、システム改革が可能だろう。

逆に言えば、③のシナリオが実現しなければ、電子政府の3つの柱である、ID、ポータル、データハブのうち、少なくとも最初の二つは民間に任せるということになるだろう。

 

こうしてシナリオで考えれば、重要なアクションは見えてくる。そして決断と実行のための時間は、これからの2、3年だ。

*1:この日経の記事は、マイナンバー(個人番号)とマイナンバーカード の両方に触れているが、このブログ記事ではカードに絞って考えてみたい。岐路に立つマイナンバー カード普及は1割 浸透策カギ :日本経済新聞

*2:ブラックスワンのシナリオとして、ナッジなど行動経済学とデータ収集・解析という理論と実装の組み合わせが加速し、それが社会に大混乱を起こし、デジタル社会が一時停滞する、というものもあるが、それはまた別の機会に触れたい。

*3:なんで日本もこの方式にしないの、という疑問について。イギリスは、2006年に国民IDカードの法律が成立したが、2012年に廃止になった。ドイツは16歳以上の国民に国民IDカードの保持が義務付けられている。国民IDカードについては、この記事で議論している利便性や費用などの経済性の他に、個人の権利についての思想や歴史、個人と政府の関係などがあり、正解はない。

*4:税制の優遇やカード保有の義務化など、ロードマップにはない「ウルトラC」もあるが、検討している間にシナリオ①、次いで②が発動するのではないか。また、よく「カードを持って歩くのは不安」という指摘やこれについての議論があるが、コンビニ交付くらいしか用途がない中で議論しても不毛ではないか。

*5:何故かこう書くと嫌がられる。なので、「医療保険のオンライン資格確認の導入」と機能についてのみ表記している。

*6:住基システムは自治体ごとにバラバラに開発運用されているので、100億円はシステム一つについてではなく、1500ほどのシステム更新の合計。