後から振り返ると、あそこで社会がゴロッと動いたんだ。世界でもあまり例がないイノベーションのコミュニティであるコクリ!プロジェクト*1はそんな場になってきたと思う。例えば、300年変わらなかった教育システム。あるいは、2007年に世界の人口の半分を超え、止まるところをしらない都市化。
「未来のあたりまえ」が立ち現れている。それは今とは大分違うのだけれど、未来にはあたりまえになっている。そうした感覚が、このコミュニティでは共有されている。
コクリ!は、三田愛さんが2011年に始めた研究コミュニティで、僕が運営に関わってから2年が経つ。自分の人生もゴロッと転回*2した。
コクリ!についてよく質問されるので、1年ぶりに書いてみたい。
課題解決力の先にあるもの
分野や状況が異なっても、コクリ!のメンバーが共通して持っている意識のひとつに、課題を特定して、分析して、解決する「課題解決力」の限界がある。ご本人がどう感じているのか分からないけれど、課題解決では圧倒的な第一人者である安宅さん*3が、コクリ!に参加しているのは、考えてみればすごいことだと思う。
課題解決を超えたところに何があるのか。この50年で、いくつかの流れがある。
ひとつ明確な流れとしてあるのは、1968年のローマクラブから出てきた「部分の課題ではなく、全体をシステムとして捉えると何が見えるか」というもの。後に、システム思考、U理論などが生み出されていく。そこに寄り添って「トップダウンでもなくボトムアップでもなく、フラットに対話するとどんな知恵が生まれるだろう」という問いから、OSTやワールドカフェ、AIなどの対話の技術*4が生まれている。
別の強い流れとして「(論理的)思考だけでなく、無意識や身体の声を聞くと、何が感じ取れるか」ということから、プロセスワーク*5の技術が発展してきた。今では組織開発にも使われている。さらに「激しく対立する中から、なんとか未来を描けないか」と、理屈では解決しない紛争を解消する現場から生まれてきた技術*6もある。
これらは米国を中心に発展してきたが、東洋的思想の影響もある。一方、欧州では「未来から逆算して考えた時、いま解かれているべき課題はなんだろう」という問いから、フューチャーセッション*7が生まれている。米国と比べて人的・物的資源が限られていることが背景にある。
「どうしたら思考を飛躍させられるか」という、課題解決力に近いところでの探求もある。デザイン思考*8などは、そうした中から生まれている。
どれかを試したことがある人は、特に2010年代になって増えていると思う。コクリ!がユニークなのは、こうした流れの最前線にいるプロフェッショナルが連携し、未来を感じ取る場をつくりあげたことだと思う。
昨年、建長寺で行ったコクリ!キャンプでは、安宅さんに「風の谷」というビジョン*9が降りてきた。「風の谷」は、近い将来、映画ブレードランナーの光景が迫っている中で、「都市」に対する代替案をつくるプロジェクトだ。実に多様なメンバーが参加し、今年の秋からは、慶應SFCの安宅ゼミの学生も加わり、数世代かかって実現する大胆な構想を持ちつつ、来年には東京近郊で実証を開始する。
根っこでつながると起こること
もうひとつ、コクリ!のメンバーが共有している意識に、根っこでつながる、というものがある。それは、深いところで自分とつながり、仲間とつながり、自然とつながること。
そのためにコクリ!の場はとても注意深く設計・運営されていて、運営側は終わると本当にヘトヘトになるし、参加側も、それぞれとても忙しいのだけれど、終日や時には丸3日間をコミットする。そこまでやるのは、裏返すと、今の社会は分断が深いのだと思う。
深いところで根っこでつながると、何が起こるのだろうか。
未来が目の前に現れ、共有される。それは個人の発明というものではなくて、何か大きなものとつながったような感覚で、強度の高い「願い」のように伝播していく。
例えば、コクリ!のメンバーは「未来の学び」を感じ取っていると思う。今年だけで、これだけのことが起こっている。
- 米国の公立高校で起こっている新しい学びの探求を描いたドキュメンタリー映画、Most Likely to Succeedの上映会*10の参加者が千人を超え、学生、教師、保護者、教育委員会などが参加して、とても豊かな対話が行われた。そして、経済産業省の「未来の教室」でも取り上げられ、文部科学省でも上映会が行われた。
- 埼玉県横瀬町の中学校で、クリエイター集団が行なった体験型の学び「クリエイティビティ・クラス*11」では、生徒の作った作品が海外で受賞。企画をした映像クリエイター*12は、デンマークでさらに探求を行い、経済産業省の「未来の教室」のプロジェクトの様子を映像化。
- 島根県海士町の島前高校の「島留学」は、島根県から全国へ「地域みらい留学*13」として拡大し、6月の説明会には1000人の親子が参加。11月のシンポジウムには、文部科学省、総務省、地方創生本部の局長級が参加し、夜遅くまで未来を語り合った。
- 埼玉県が独自に開発した「順位ではなく、伸びを測定する」学力調査*14は、昨年、OECDも注目するところとなり、福島県や広島県などに広がる兆しが見えている。
- 「教育の総本山」と言われるつくば市で、教員の働き方改革について、徹底的な分析がなされている*15。そして、いまの教育システムの範囲を超えたところで、ありたい姿が探求されている。
- 日本で最初のコンピューター・クラブハウスが加賀市で設立される*16。コンピュータークラブハウスは、幼稚園の創造的な学びを「1000年に一度の発明」とするLifelong Kindergarten*17で取り上げられている。
こうして並べると「なるほど。すごい人たちを集めたんだね」と言われるだろう。ただ、これらの大部分は「教育に関係がなかった」人や「教育の少し外側の」人がやっている。1年、2年前には、本人たちも全く想像できなかったのではないだろうか。今は「教育のど真ん中」の人もそのうねりに乗っているようだ。
奇跡を起こすレシピ
コクリ!メンバーでもあるETICの宮城さんは「コクリ!は奇跡を科学している」と言ってくれた。ではどんな科学なのだろうか。発起人の三田愛さんは「私はエネルギーを見ている」とよく言う。そして「それぞれのギフトが最大限に生かされた場は、必ず、奇跡が起きる」と言う。
実際、そうとしか説明できない場面を何度も見たし、自分自身も体験している。ただ、もう少し噛み砕くことができそうだ。
来年は、上に書いたような課題解決力の向こう側にある知恵を言語化するプロジェクトが予定されている。いまの圧力鍋のようなやり方も変化していくだろう。その上に築かれる未来がとても楽しみだ。
*2: 転回した記録。個人的で主観的なコクリ!体験 – Naoki Ota – Medium
*3:20万部を超えた『イシューからはじめよ』の著者。ちなみに安宅さんの課題解決力には、非連続なアプローチも含まれている。
*4:ホール・システム・アプローチと総称される。コクリ!では、場とつながりラボ home's viの賢州さんが詳しい。
*5:コクリ!では、この領域のフロントランナーのToBeingsの洋二郎さんがメンバー。また、いけばなを使った繭加さんのワークがコクリ!から生まれた。いけばなの美や調和を通して、分断や対立の解決の糸口が見えてくるのではないか――「SPTいけばな」とは? | コクリ!プロジェクト
*6:南アフリカのアパルトヘイトやコロンビアの内戦の現場に入ったアダム・カヘンが中心。近著に『敵とのコラボレーション』英治出版がある。
*7:日本でフューチャーセッションズの野村さんが第一人者。コクリ!メンバーでもある。
*8:コクリ!では、ソーシャルデザインのフロントランナーである英輔さんの「進化思考」が生まれた。生物進化を参考にして、アイデアを「かたち」にしよう! ――「進化思考」入門 | コクリ!プロジェクト
*9:これは必読!「ブレードランナー」な暗黒未来を迎えるのか、豊かな「風の谷」を創るのか
*10:Most Likely to Succeed の作品紹介と自主上映会の様子 — Future Edu Tokyo
*11:横瀬クリエイティビティー・クラス ー YOKOZE CREATIVITY CLASS
*12:物語を作ることで現実逃避してきた学生時代。映像による、社会の変容を起こしていきたい。|株式会社イグジットフィルム代表取締役社長 田村 祥宏さんの人生インタビュー|another life.(アナザーライフ)
*13:地域みらい留学|公立高校進学における、もう一つの選択肢。
*14:埼玉県が進める「新学力調査」は何が凄いのか | 学校・受験 | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準
*15:東京学芸大学 リクルート次世代教育研究院株式会社チェンジウェーブが中心となりEDUAI教員の働き方改革プロジェクト開始|リクルートマーケティングパートナーズ
*16:みんなのコードと加賀市、米国発の子ども向けテクノロジー施設「コンピュータクラブハウス」を設立|特定非営利活動法人みんなのコードのプレスリリース
*17:ずっと幼稚園児でいいのだ|テクノロジーによる暗い未来を変える”1000年間における最も偉大な発明” - 太田直樹のブログ - 日々是好日