太田直樹のブログ - 日々是好日

テクノロジーが社会を変える

食の未来|2030年ごろ、3つのシナリオ

10年から15年くらい先には、食が劇的に変わっていると思われる。メインの軸は「食べるものが変わるかどうか」。今まで通り、ご飯やパン、肉を食べたいなら「遺伝子編集」という技術の導入が進むだろう。遺伝子編集が、遺伝子組み換えのような対立構造や、あるいは技術的な課題で停滞した時*1は、どうなるか。昆虫食という形で食べるものが変わるだろう。

サブの軸として「食べる量が変わる」という可能性はあるだろうか。人間は食物連鎖の頂点に立ち、人数は増え、より地球に負荷の高い食に変わっているが、もし人類が光合成をする力を得たとしたら。

メイン1:遺伝子編集が世界を救う

遺伝子編集あるいは合成生物学が急速に進化している。CRISPERやTALENといった遺伝子編集技術は、これまで必要だった熟練と長い試行錯誤の時間を、学生が1週間単位でできるハッカソンに変えた。

また、ビジネス環境も変わりつつある。遺伝子組み替え作物(GMO)は、米国の例で言えば、10年で100億円という大企業のみに許された戦略だった。対して、遺伝子編集について、少なくとも現時点では、農作物は規制対象になっていない。「品種改良を加速させただけ」という説明がなされている。結果、スタートアップが参入することが可能となった。

GMOは、モンサントのような潤沢な資本をもつ企業と、フィランソロピーの支援を受け、強い使命感を持つ研究者という二つのグループが牽引している。欧州を中心に、研究者や事業者は激しい社会的な圧力にさらされ、断念するケースも多い。

正面突破とステルス浸透

強いプレッシャーがある中、気候変動に負けないイネの再発明に挑んでいるのは、ビル&メリンダ・ゲイツ財団からの援助を受けるカリフォルニア大学のパメラ・ロナルド教授。世界の人口の半数以上が主食とするイネの栽培地域は、貧困、かつ、気候変動の影響を大きく受ける。これまで開発されたSub1は、洪水で2週間以上水中に沈んでも生き残る遺伝子が組み込まれている。500万人以上の農民がSub1で作られた品種を育てている、

もう一方では、ニッチな付加価値から技術の実装を進めている。2017年に米農水省が、遺伝子編集された作物について「許認可を完全に免れることがある」としたのを受けて、例えば、スタートアップのカリクストが開発している大豆は、オリーブ油に近い油がとれるヘルシーさを売りにしようとしている。

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技術は合理性や経済性だけでは普及しない。こうした「社会的意義」や「いつの間にか身近なものに」というアプローチで、近い将来「あたりまえ」になるのだろうか。

メイン2:お皿に虫はクレームではなくなる

「昔はお皿に虫が入っていると、店にクレームをつけたんだって」と話しながら昆虫を食べる日が来るのだろうか。注目すべきは、昆虫の圧倒的なパフォーマンスの良さ。

温室効果のガス排出については、牛の1000分の1以下。必要な餌や水については牛の5分の1。温暖化の要因で、メタン排出量が多い牛肉は注目が集まっている。近い将来、牛肉を食べることについては、社会的コストを勘案した形の税が課せられ、酒やタバコのような嗜好品になり、代替品が探求されるというのは、ありえない未来と言えるだろうか。

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Image: Bloomberg

昆虫食については、机上の話ではなく、実践が進んでいる。IKEAのラボが、今年3月に発信したThe Fast food of the futureにおける昆虫を使ったバーガーやミートボールは話題になった*2。日本でも、パナソニックが未来を探索する100 BANCHで様々な昆虫食が試作・試食され、未来の食文化が構想されている*3。昆虫食は、世代が変わっていくにつれ、どんどん身近になるのかもしれない。

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昆虫食デザイナー高橋祐亮さんによる100%昆虫の肉で作ったパテを使ったハンバーガー(42,000円!)

サブシナリオ:人類が変わる

これまでのシナリオは、食べる量は変わらないという前提だった。しかし、ヒトが光合成の機能を何らかの形で実装し、食べる量が減るとしたら、どうだろうか。

光合成についての研究は、近年、急速に進んだ。人工光合成の技術は予想より早く開発されたし、100以上の複雑な生化学工程である光合成の効率化についても、ビル&メリンダ・ゲイツ財団が支援するRIPEプロジェクトなどで、着実に成果があがっている。

とはいえ、このシナリオはSF物語レベルだろう。ただ、人類が意思をもって、光合成の能力を得たとき、その行動やマインドセットは大きく変わるだろう*4。その結果、都市や社会、経済も再発明されるだろう。

*1:CRISPER-Cas9についての最近の研究では、狙った遺伝子以外に、この技術が実用化した当時の予想より広いダメージが生じることが分かってきた。その影響についての評価が今後なされる。

*2:少なくとも視覚的には昆虫食についての先入観を吹き飛ばすインパクト。The fast food of the future – SPACE10 – Medium

*3:よくイベントをやっているので、興味がある方は覗いてみては?昆虫食 | MAGAZINE | 100BANCH

*4:例えば『シドニアの騎士』の世界。