太田直樹のブログ - 日々是好日

テクノロジーが社会を変える

メルカリ化が世界を救う?| 「所有」がない社会モデル

指輪やペットなど私的なものを除いて、全てのものが常にオークションの対象になって、独占や既得権が廃され、公共化された資産からの利益が等しく配分されることで、僕らの社会は次のステージに進むことができる。話題の本『Radical Markets*1』が提案する社会は、議論を呼ぶポイントはたくさんあるが、「部屋や車をシェアする」ということに驚かなくなったように「未来の当たり前」なのかもしれない。 

提案はぶっとんでいるけれど、出発点の問題意識は、広く共有されたものだ。不平等が拡大していること。そして、企業の利益が拡大する中で、労働者への分配が減少していること。結果、社会は分断され、経済が停滞している

「なんでもいつでもオークション」が閉塞状況を打破

課題の根っこの原因は「資産の独占化」だ。ピケティの『21世紀の資本』で広く知られることとなったけれど、資産へのリターンが経済成長を上回るので、資産を持つものと持たないものとの差はどんどん拡大していく。

著者の中核のアイデアは、この言わば市場原理の副作用を、社会保障や労働政策、独占禁止法などでカバーするよりも、市場を究極まで活用して解決するいうもの。

しくみ*2はこんな感じ。

・(私的なものを除いて)全ての資産に自分で値段をつける。その値段に応じた税金を納める。

・資産は常にオークションの対象になっていて、値段以上を支払う買い手が現れたら、その資産を手放す。もちろん資産によって、手放すまでの猶予期間がある。

・手放したくない場合は、値段を上げればよいが、その分税金を多く納める必要がある。なので独占化に対して一定のブレーキがかかる。

・資産は私有ではなく、社会のものと位置付けられ、税金は「社会的配当」として全ての人に配られる。

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税率は7%がよいのではないかとしている。アメリカの典型的な家庭(資産額約930万円)の場合は、1400ドルの税金を納め、22400ドルの「配当」があるので、差し引き21000ドル(約230万円)を得る。富裕層の家庭(資産額7200万円)の場合は、差し引きで6000ドルを得る。

この本のマクロなモデルによれば、米国の場合では、50年間に拡大した格差の半分を戻すことが出来る。加えて、資産の活用が最適化されるので国民所得が20%拡大する。

著者は、政府が持っている資産から始めることを提案している。例えば、電波。すでにオークションが実施されている国は多いが、その後は独占が進む。このしくみを導入すれば、利用が最適化され、国民は配当を得る。

データは働いていて、搾取されている

GoogleやFacebookのモデルは、無料でサービスを提供する代わりに、利用者が意識しにくい形でデータを無料で収集し、解析することによって大きな価値を獲得している。

無料で動画をみたり、コミュニティとつながったりしているので仕方ないのだろうか。筆者はここでもチャレンジを試みる。

基本となる考え方は、ユーザーが対価を得て意識的に協力した方が、データの量と質が高まる*3のではないか、ということ。

もちろん「ネットは無料」という意識は強い。また、データ収集を意識すると行動が変わるかもしれない。しかし、長い目で見ると、一部の企業が対価を支払わずにデータを独占することは、マイナスの方が大きいのではないか。データを活用するテクノロジー企業は、労働者への配分が低くなる。

提案されているのは、「労働組合」のような形で、利用者が団結して企業に対して条件交渉をすること。テクノロジー企業にとっては短期的にはコストになるが、中期的にはデータの量と質が高まって、WIN-WINになるというモデルが示されている。

短期的には一人あたり数十万、潜在的な可能性としてはベーシックインカムの主要な財源になるレベルの価値を、個人がデータから得ることができるかもしれない。

 

背景にある「個人の幸せより、全体の幸せを最大化する」という方向性は、欧米では反発も強そうだ。ただ、かなり活発に議論されているのは、資本主義の課題やリベラリズムの低迷について、深刻な課題意識があるのだろう。

*1:邦訳がまだ出ていないので、The Economistの書評を貼っておきます。Don’t shrink the role of markets—expand it - Sale of the century

*2:アイデアの原型は、19世紀の政治経済学者のヘンリー・ジョージのもの。1879年に出版された著書『進歩と貧困』は、30年間、聖書の次に売れたというくらい、急激な技術革新と拡大する格差に揺れた社会で一大センセーションを起こした。そしてその思想は、中国で革命を起こした孫文に受け継がれたが、その後の冷戦の中で忘れ去られていった。

*3:今はクラウドソーシングで大量の人手をかけて、データのクリーニングや意味づけをしている。