太田直樹のブログ - 日々是好日

テクノロジーが社会を変える

データポータビリティ|空気が変わらないか

日立東大ラボによる「ハビタット・イノベーション」のフォーラムにパネリストとして参加するのだけれど、個人的に注目しているのは二つ。ひとつは、日本で一進一退のデータポータビリティ*1の突破口を探ること。もうひとつは、ハビタット・イノベーションにおける「構造転換」*2という飛び道具を理解すること。

EUはGDPRで社会実験を仕掛ける。日本は?

データポータビリティについて、まずこの映像から始めたい。フォーラムでも登壇する柴崎教授のプレゼン。

youtu.be

 さて、これはいつの映像か?答えは2012年。この年に、欧州ではGDPRの検討が始まった。日本では何をしていたのか。あまり知られていないが、内閣官房のIT総合戦略室で、相当の議論を積み重ねている。具体化したものとしては、2016年12月に公布施行された「官民データ活用推進基本法」の第12条に、データポータビリティが明記されている。

第十二条 国は、個人に関する官民データの円滑な流通を促進するため、事業者の競争上の地位やその他正当な利益の保護に配慮しつつ、多様な主体が個人に関する官民データを当該個人の関与の下で適正に活用することができるようにするための基盤の整備その他の必要な措置を講ずるものとする。

イノベーションを阻む「空気」

2017年2月末に札幌市で見たものは、これだった。顔認証を使って、その人に合った情報をサイネージに表示する実証実験なのだが、床に引いた線と看板によって、実質「立ち入り禁止」になっていた。「おもてなし」とは程遠い状況。

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ホテルで地元新聞をふと見ると、1面に「札幌市チカホで顔認証実験へ、個人情報に懸念」と5段抜きくらいの記事が目にとまった。

札幌市は今夏にも、札幌駅前通地下歩行空間で、カメラで撮影した人の顔の特徴をコンピューターで解析して個人を識別する「顔認証」システムの実証実験を行う。自治体が公共空間で行うのは全国で初めてとなる。札幌市はビジネスや防災に活用するためと説明するが、過去に国の研究機関が大阪で計画した際は「プライバシーが侵害される」などと大きな反対運動が起きた。実験のあり方を巡って議論を呼びそうだ。

(どうしんウェブ、2017年2月28日より)

で、(狙い通り)議論を呼んだ。

データを活用することによるメリットや匿名加工によるプライバシーへの対応等、合理的な説明はいろいろできる。しかし、札幌市で起こったことには、それらでは対応できない「空気」のようなものがあったように思う。それは、2013年のSuicaの匿名加工情報の第三者への提供や、2014年の総務省による大阪駅地下街の画像データを使った実験についても、同様だったのではないか。

データポータビリティを社会実装する3つのポイント

GDPRの検討では、消費者についての詳細な分析がなされた。押さえておきたいポイントが3つある。

・プライバシーについての懸念の度合いと、実際の行動は無関係であること。「空気」は前者について、例えば、メディアによって作られるが、この点は頭に置いておきたい。

・消費者の行動は、データ利活用によって得られるメリットと、データに対するコントロールの度合いで決まること。データポータビリティが、プライバシーの高い例えばヘルスケアデータについて意味があるのは、この点にある。

・一旦、企業や行政に対する信頼が失われると、行動は大きく後退すること。神戸市や会津若松市の取り組みは、利活用のメリットだけでなく、信頼を一歩一歩、丁寧に築いている。

札幌市も17年春の状況を分析して、取り組みが続いていると聞いている。データポータビリティという本質的には民主化のアプローチが、いくつかの地域で結実する未来が近づいている。

*1:経産省による解説。【60秒解説】個人情報は誰のもの?:データポータビリティ

*2:データポータビリティで字数がいっぱいになったので、また今度。社会コストとQoLのトレードオフ、例えば、エネルギーで言えば、CO2排出を抑えると、活動量を下げなくてはいけない、という関係を打破する、というアプローチ