太田直樹のブログ - 日々是好日

テクノロジーが社会を変える

コンタクトトレーシング(接触確認)アプリをめぐる欧米の報道

コンタクトトレーシングアプリは、Covid-19感染対策で止めていた社会や経済を再び動かす中で、日本だけではなく、各国で導入が検討されています。

以下は欧米の記事リサーチですが、どんな観点の議論があるのか、参考にしていただければと思います。リサーチは、私が代表を務めるNew Storiesの学生インターンの一人によるものです(感謝!)。

(記事が論じる)効果、プライバシー、人材育成、デジタルデバイド

欧米の報道で論じられているのは、 (a)効果があるのか、(b)プライバシーは大丈夫か、(c) 新しい技術を使いこなす人材をどう育成するか、(d) 新しい技術が分断を生まないか、という4つにまとめられます。

以下、記事のポイントとURLです(5月20日時点)。

  • (a)NBC: 全州の中で一番アプリの利用率が高いのはSouth Dakotaだが、それでも全人口の2%。少なすぎて効果がない*1。 

    • 特に共和党支持層が集まる、いわゆるレッドステートの住民は「政府への不信」「追跡される事への抵抗」などからダウンロード率は低いだろうと分析。

  • (a)Nature紙:接触確認アプリの感染拡大抑制効果はあるかもしれないが、一定の人口がアプリをダウンロードしなければ効果は薄れる*2

    • (b)中央集中型の支持者:中央サーバーに情報が集まっていれば、クラスター追跡が容易

    • (b)中央集中型の反対者:情報の悪用を懸念。(例)ドイツが筆頭となってヨーロッパ全体用のアプリを模索した*3が、プライバシーの観点からDP-3T型への支持が伸び、廃止に

    • (b)(d)韓国はMERSの際も、5月中旬に梨泰院で集団感染が発生した際も、政府が個人情報へアクセスし、クラスター追跡などに役立てた。他の国が真似できるか、そうでないかを決めるのは、その政府への信頼度以外の何物でもない。

  • (b)NZメディア:ニュージランドでは中央政府がアプリを作成できていない為、複数のアプリができてしまい、効果が薄れている。NZではこの様な追跡アプリが最適の解決策なのか、未だに疑問を感じられている。既にNZメディアのNewshubが、アプリに入力された個人情報をもとにストーキングをされたという女性を報じている*4。 

  • (b)BBC:収集された情報の使用用途を制限し、個人を保護するための法的整備が早急に必要である。イギリスに比べてオーストラリアは厳しいルールを敷いている *5

  • (b)Guardian:オーストラリアが準備中の法案*6 には、警察の情報閲覧を禁止*7したり、悪用した場合は懲役と$63000の刑罰が科される条文*8が追加される予定。

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Photo: BBC News Japan
  • (c)Guardian:陽性者との接触があった人に連絡を取る「接触追跡者(Contact Tracer)」として、Isle of Wightの実験のために18,000以上が雇われたが、教育が全く十分でなかった*9

    • 雇われた人々(接触追跡者)は、2ページのF&Qと録画された動画を少々観たのみで、自分らでも「何をしているかわからない状況だった」という。教育者の立場に立てる専門家の数が足りていない。

  • (c)NBC:接触追跡者の教育をするために十分な資金援助が必要だ*10

    • NY州はジョンズホップキンズ大学と提携し、接触追跡者として雇用した人に6時間のオンラインコース*11を受けさせる。人口100,000毎に30人の体制を確立予定。

      • WIRED:例の6時間のコースでは「感染者が重症で話ができない場合はどうするか」「言葉が通じない場合はどうするか」などケースバイケースで学ぶ*12

    • 接触追跡者募集で、何十万人もの雇用が一時的にでも生まれることは良いことである。

    • マサチューセッツ州では時給$20-$25ほど*13。このプログラムでは、現役の軍人が監督を務めている。

  • (d)BBC:陽性情報の入力をどれだけ簡単にするべきか?*14

    • 個人が自己申告制で入力できるとしたら、虚偽申告や単に症状が似ていただけの陰性者なども含まれるため、意味のない通知が鳴り止まなくなる。

    • 一方で入力基準を厳しくし、医師が陽性と判断された者のみ申告できるとしたら、症状が軽くて検査に行かなかった人々(=つまり陽性判定はされておらずとも、陽性だった場合は感染を広げている可能性のある人々)の情報は集まらない。

    • 結論として、検査プロセスに申告がスムーズに統合されていることが重要。

  • (d)The Conversation UK*15:アプリを開発したからと言って従来の感染確認・追跡方法を取りやめるべきではない。エボラの際も同様の措置が導入されたが*16、利用者のアプリへ対する知識不足などを考慮して、従来の方法は取りやめなかった。

    • マニュアル追跡法の利点:長い歴史がある。貧富格差やデジタルディバイド、言語が壁などが追跡の障壁になりにくい。常に情報を共通するわけではないので、世界中で政府に対する不審が募る中でも有効。

(記事が論じる)ステークホルダーが考えていること

  • 政府

    • シンガポール政府は、安価で装着可能な接触追跡装置を配ることを検討している。アプリだと、スマホを買える経済状況に無く、しかも言語的障壁のある外国人労働者まで届かないからである*17

    • イギリス政府ではNHS(国民健康保険サービス)の公式アプリにセキュリティー上の問題が発見された*18英国政府通信本部 (GCHQ)は、政府が、収集された情報を感染分析以外の目的で使うのを禁止し、データを永久的に保存出来ない様にする、法的保護措置が整備されるべきとしている。中央集中型からも脱却すべきだろう、とのこと。

    • アメリカ政府は感染追跡者の追跡に加えて、偽情報の拡散に対処する人材も必要だろうとしている。なぜならば、政府が収集したデータを悪用する可能性があるとの疑念から、さまざまな陰謀論などが想定されるからである*19

  • 開発者

    • どれくらい近づいたかを測るのが難しい*20ポケットの中にあるか、手の中にあるかで大分変わる為、Bluetooth信号の強度を調べなければならない。

    • 一定の人口にダウンロードしてもらうのが課題。Oxford大の研究がグループが準備中の論文では、「60%の人口がダウンロードする事が必要だろう」としている*21

    • イギリスの実験地域(Isle of Wight)ではダウンロード数だけ見れば人口の40%ほどであるが、二重ダウンロードの可能性もある*22

    • iPhoneのBluetooth機能はプライバシー上の理由で、アンロックした状態でなければ使えない。バッテリーを急速に消費してしまう*23

  • 感染症の専門家

    • アプリ開発は、最も感染の危険性に晒されている人口層(3密住宅に住み、スマホを持たない人々など)を含んでいない。例えばシンガポールでは24,000の感染者が確認されたが、そのほとんどにあたる外国人労働者(シンガポールで推定140万人)は狭い20人部屋住み、スマホなど買う余裕がない*24

  • NPO

    • チュニジアではフードバンクを管理するNGOが、SMSで情報発信している*25。アプリからも情報にアクセスできるのあれば良いのでは。

  • ユーザー

    • 陽性者と通知された側はどうすれば良いのか、行動のガイドラインを制定してほしい。(体調観察をする、検査を受ける、自主隔離する、外出自粛など)

*1:https://www.nbcnews.com/tech/tech-news/contact-tracing-apps-are-slow-start-u-s-n1210191

*2: https://www.nature.com/articles/d41586-020-01514-2

*3:https://www.pepp-pt.org/

*4:https://www.stuff.co.nz/business/121498848/coronavirus-concerns-too-many-tracing-apps-could-do-more-harm-than-good-as-nz-moves-to-level-2

*5:https://www.bbc.com/news/technology-52725810

*6:https://www.ag.gov.au/RightsAndProtections/Privacy/Documents/exposure-draft-privacy-amendment-public-health-contact-information.pdf

*7:https://www.theguardian.com/australia-news/2020/may/15/covid-safe-app-australia-how-download-does-it-work-australian-government-covidsafe-covid19-tracking-downloads

*8:https://www.theguardian.com/australia-news/2020/may/04/government-releases-draft-legislation-for-covidsafe-tracing-app-to-allay-privacy-concerns

*9:https://www.theguardian.com/world/2020/may/20/no-one-had-any-idea-contact-tracers-lack-knowledge-about-covid-19-job

*10:https://www.nbcnews.com/news/us-news/states-reopen-contact-tracing-efforts-hobbled-obstacles-n1210266

*11:https://bit.ly/2zesamB

*12:https://bit.ly/3bPSVuI

*13:https://www.nbcnews.com/news/us-news/inside-army-covid-19-contract-tracers-massachusetts-n1193526

*14:https://www.bbc.com/news/technology-52709568

*15:https://theconversation.com/why-we-need-the-human-touch-in-contact-tracing-for-coronavirus-137933

*16:https://www.eurosurveillance.org/content/10.2807/1560-7917.ES2015.20.1.20999

*17:https://www.nature.com/articles/d41586-020-01514-2

*18:https://www.bbc.com/news/technology-52725810

*19:https://www.nbcnews.com/politics/politics-news/fact-check-trump-says-u-s-ready-contain-covid-19-n1195621

*20:Daniel Weitzner, a leader of the PACT group at MIT. “We’re going to need information besides just the Bluetooth signal strength to make those measurements work right,” he says.

*21:Fraser, C. et al. Preprint at GitHub https://go.nature.com/2x2czk9 (2020).

*22:https://www.bbc.com/news/technology-52709568

*23:https://www.nature.com/articles/d41586-020-01514-2

*24:Hsu Li Yang, an infectious-diseases physician at the National University of Singapore.

*25:https://www.middleeasteye.net/news/coronavirus-needy-tunisians-receive-food-aid-text-messages