太田直樹のブログ - 日々是好日

テクノロジーが社会を変える

”未来のあたりまえ”を小さなスクリーンの外側に創る

未来のくらしを、多様な人たちが参加するハッカソンを通じて創るプロジェクトは、2年目に大きく飛躍した。ウェルビーイングをくらしに実装する試みだ*1

これまで会津でこっそりやっていたプロジェクトが日比谷で開催した「未来フォーラム」で共有された。用意した席がまったく足りずに申し訳ありませんでした。来てくれた皆さん、ありがとうございました。プロジェクトを振り返りつつ、来年を展望してみたい。

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12月20日に開始した未来フォーラム

203x年のある日(出展されたプロトタイプから描くくらし)

6時過ぎに目が覚める。まだ薄暗い。光の波が少し揺れる。そうか、友人が走っているのか。頑張ってるなあ。また光の波がくる。パートナーがコーヒー豆を挽いている。朝の一杯が楽しみだ。目覚めの水を一杯飲み、意識をゆっくり同期させながら、ベッドから起き上がる。

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自然・環境との”共在感覚”を通じて、身体の起床と心の起床のギャップを埋める

コーヒーを飲む前に、ゴミを捨てに外に出る。この半年で、(ゴミ捨て場の)表情がずいぶんと明るくなった。近所の人と話をして、みんなプラスチックをあまり使わなくなった。遠い未来、人間が活動した「人新世」の地層からは大量のプラスチックが出土すると言われているけれど、この地域からは出なくなるかなあ、などとぼんやり考える。ゴミを分析してくれるロボット型のゴミ捨て場は、隣の家の子供がアルゴリズムを組んでいる。

パートナーと一緒に家を出る。近所の空き家を森に返すプログラムに二人で参加しているのだけれど、去年植えたオリーブの調子がよくないようだ。木の状態が意識に飛び込んでくる。明日、時間があるときに様子を見に行こう。これだけ雨が多いとオリーブは難しいかなあ。植物に詳しい友人にも声をかけるか。

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”市民公園”の植物とつながる@Living Anywhere Commons会津磐梯で開催したハッカソン

朝は二人で少し歩くことにしている。途中で、パートナーが気に入っているゴンジロウがいる交差点を通る。昔の言い方なら信号機だ。ゴンジロウはのんびりしている。確か、交差点の近くのお婆さんがアルゴリズムを世話している。

”かづ屋のワンタンタンタン麺は最高じゃ”と、ゴンジロウがつぶやいている。

僕はパクチーはあまり好きではないのだけれど、あそこのタンタン麺には合うよなあと思う。パートナーはニコニコ僕の方を見ている。週末はかづ屋さんかなあ。

パートナーは、オンデマンドのバスに乗り、僕はもう少し歩く。傘の柄が、ぴょんぴょんと動く。どうやら雨が近いようだ。1年の半分近くは雨だ。10分ほどして、雨が降ってきた。傘をさすと、柄が雨に合わせて、犬が尻尾を振るように動く。僕は雨の匂いがする空気を深く吸って、両親や祖父母の時代とはすっかり変わってしまった天気について思いを巡らす。

今日は僕らをつないでくれているコモングラウンド(共有基盤)の運営について話し合う予定だ。これについては、アバターを使わずにリアルで話し合うのが決まりになっている。どんなバイアスがあるか(バイアスはなくならない)。データの状態はよいか。その場でシミュレーションしながら話し合う。

僕らの町のコモングラウンドはAKBと呼ばれている。両親の時代は、GAFAとか言われた巨大企業が世界を覆っていて、データ収集と解析を一手に引き受けていた。AKBは、会津地域の行政システムが始まりだ。AKBは「赤べこ」から来た説とエンジニアが当時のアイドルAKBのファンだった説がある。AKBは海外でも人気だ。いい感じに”ゆるい”のがよいらしい。それはよく分かる。

いろんなコモングラウンドが世界にはあるのだけれど、リアルでの遠距離の移動はすっかりなくなってしまったので、なかなかリアルで体験する機会はない。

すっかり遅くなってしまった。少し疲れた。家に戻ると、玄関の脇のふすまにパートナーの手形がぼんやりと光っている。そっと手を触れると、パートナーの映像とメッセージが現れる。オリーブの手入れについてがっつり調べたらしい。

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ふすまを通じて、時や場所を超えてゆるやかにこころがつながる

僕は遠くのオリーブに意識を合わせる。まだ植物と話すことはできないけれど、大丈夫だよ、とつぶやいてみる。

WBテックからユニコーンが出現

ウェルビーイングのスタートアップに資金が集まり始めている。今年の3月に出されたレポート*2によるとWBテック企業97社に22億ドルが投資されている。この分析のきっかけになったのは、2月にUSD88Mを調達し、ユニコーンの仲間入りをしたCalmの存在だろう。同社はメンタルヘルスをサポートするウェブサービスを提供している。2012年に西海岸で創業され、これまでに4千万ダウンロードがあり、有料会員が100万人、売上はUSD150Mまで成長している。

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このレポートでは、WBテックを4つに分類している。Communityは、オンデマンドのフィットネスサービスなどがあり、市場は飽和しつつある。Mindの領域も激戦の様相だ。BodyやSpaceには成長スペースが見られる。ただし、これは欧米市場の分析で、アジアにもスタートアップは増加しているという。

また、サービスが普及するにつれ、データのプライバシーや、人間の自律性など、様々な課題を解決する必要があることが認識されている。

コモングラウンド(共有基盤)を小さなスクリーンの外に創る

パナソニック未来戦略室と共同で進めているプロジェクトでは、2030年からのバックキャスティングを前提に、具体的なプロトタイピングを通じて、未来のくらしの価値やその提供方法について、いくつか新しい試みをしている。

一つは、欧米のウェルビーイングが「わたし」中心であることに対して、「わたしたち」という関係性の中での価値創出*3であること。例えば、前者が「ぐっすり眠れる」「達成感がある」に対して、時間・空間を超えて心がつながる、周囲と心が同期する、などに注目している。これは、JST(科学技術振興機構)のプロジェクト「日本的Wellbeingを促進する情報技術のためのガイドライン*4」の成果の柱であり、海外からも注目されている。

二つ目は、関係性の媒体として、スマホのスクリーンやアプリに拘らず、ふすまや時計や信号機などのくらしの中にあるモノを活用していること。スマホが、便利である反面、ビジネスモデルも含めて、我々のウェルビーイングを損なっているということもあり、未来は小さなスクリーンに目を凝らすことから自由になり、身体性に価値を持つと想定している。

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"absorbed by light", Amsterdam light festival 2018

三つ目は、データの所有権の中心が個人に移行し、データが共有されることを想定していること。欧米のモデルでは、データは企業のもので、したがってデータのクレンジングやプライバシー対応などで大きなコストやリスクが発生している状況に対して、会津若松のData for Citizenや日本が推進している情報銀行を活かすことを考えている。

ほとんど全てが企業に占拠されてしまったスモールスクリーンではなくて、光の輪に触れる、ふすまにさわるなど身体性がある中で、モノを介して、人と人、人と自然の世界が接する共有基盤(デジタルコモングラウンド*5)をくらしの中に創っていけないだろうか。

算盤とデータ・アルゴリズムのあり方

パナソニックの未来戦略室と一緒に仕掛けているこのプロジェクトは、2030年の社会やくらしを形づくるインパクトを出すような才能と熱量が社内外から集まりつつある。そして、創り出したい価値を伝えるプロトタイプを生み出す再現性の高いプロセスも見えてきた。次に必要とされるものは、大きく3つあると考えている。

まず、価値を可視化するやり方。新しいライフスタイルやテクノロジーの先端にいるエンジェル投資家等が参加しやすい場、例えばウェルビーイングに特化したファンドを設立し、マネタイズなど事業の価値を言語化し、拡大していけないだろうか。その中で、営利追求だけでなく、コモングラウンドを育てていくしくみも議論したい。

ハッカソンには様々な企業から参加者があって、プロダクトを持ち帰って事業化することもできる。ただ、上記のような選択肢を設けることで、まだ世の中に認知されていない価値について、参加者が所属している会社の役員や管理職に理解できる範囲で進めるというリスクを軽減することができるのではないか。

つぎに、プロトタイプを広げていくための情報技術やルールのあり方。ウェルビーイングはこころに関わる機微なデータを扱うため、「わたしたち」のデータをどう扱うのか、データ基盤やアルゴリズムについて、前述したようなユーザーが関与する仕組みを整える必要がある。

関連して、ウェルビーイングの測定を”手放す”やり方。欧米のWBテックの多くは”あるべき状態”を定義し、利用者がそれを達成することを支援する。本プロジェクトのプロトタイプは”あなたのWB度は何点”というやり方をせず、利用者とインタラクションを持ちながら動的にサービスが提供される。vimeo.com<静的な測定を手放す:動的に人間のこころや身体に反応するアルゴリズム>

これら2点は、今年立ち上げたウェルビーイング研究会で検討を進めていきたい。会津などのフィールドと連携し、ウェルビーイングを実装する知恵やノウハウを社会と共有できないだろうか。

企業を取り巻く環境は、ますます短期志向を強めている。本来長期志向であるはずの行政は、力が弱まっている。なかなか舵取りは難しいと思うけれど、将来から振り返ったときに、このプロジェクトが、くらしのあり方を豊かな方向に少し変えたと言われるよう、未来をプロトタイプする輪を広げていきたい。