太田直樹のブログ - 日々是好日

テクノロジーが社会を変える

G20大阪サミットが歴史的に意味があるとしたら:デジタル社会の未来

「21世紀の石油*1」と言われるデータをめぐる状況は、早い速度で動いている。最近、気になっている動きをまとめてみた。ちょうど2年前に、デジタル社会・経済の3つのシナリオを論じたレポートを紹介した。

kozatori7.hatenablog.com

どのシナリオになるか分からないけれど、個人的には、どこに生まれても学ぶ機会があって、挑戦することができる未来にしたいなあ、と思っている。

「やっかいな問題」に当局が規制をかけるか?

The New Context Conference 2019 Tokyoで基調講演を行ったハーバード大学ロースクールのレッシグ教授の規制に関する議論は興味深い。

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データ利用のケースを2x2で4つに分ける。まず、ユーザーにとって便益があるかどうか。そして、社会にとって便益があるかどうか。両方メリットがある例としては、Amazonによる本のレコメンデーション。両方メリットがないのは、中毒性の高いゲーム。個人にデメリットがあっても社会にとっていいケースとしては、個人の健康情報を分析して、保険会社に知らせる事例が挙げられた。

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右上は「やっかいな問題」

レッシグ教授が「やっかいな問題」というのは右上だ。個人にメリットがあって社会にはマイナスなもの。まず、デジタルではない例として、ジャンクフードを挙げた。個人は食べて幸せになるが、健康が損なわれて社会的なコストは増大する。なぜ「やっかい」かというと、規制をするのが難しいからだ。

デジタルの例としては、フェイスブックのニュースフィードを挙げた。個人は欲求が満たされるが、民主主義にはマイナスであるという。

提案としては、規制をする・しないの対立軸ではなくて、その間で実効性のあるやり方を探っていくことができるのではないか、ということ。果たしてどうだろうか。規制を議論している間に、巨大IT企業はその姿を巧みに変えていくかもしれない。

世界は異なるデジタル社会に分断されるか?

The New Context Conference 2019 Tokyoで、基調講演に続いて「データ管理の現状と課題」について、米、日、欧、中の観点からのプレゼンがあった。

規制という点では、個人の権利を尊重する欧州が進んでいるが、武邑光裕さんの話を聞いていると、4万件を超えるデータ侵害報告など、混沌としている一方、DECODEなどのデータ活用のしくみはまだまだ抽象的だと感じた。しかし、欧州は突き進むのだろう。

対照的に、MITメディアラボのステファニー・グエンさんのPrivacy by Designのアイデアを聞いていると、これが実装されたら、規制がなくても割といけるのでは、と思わせる面白さがあった。ただ、自由であることが最も重要で、プライバシールール等には慎重な米国でも、個人情報保護法が連邦議会で議論されている。

内閣官房IT総合戦略室の吉田さんの「情報銀行」については、ようやく2件の認可も出て、ユニークな構想がいよいよ実行に入ってきたのだけれど、情報銀行という形でデータを管理することで、魅力的なサービスが生まれるというケースはまだ現れていない。鍵は、勝手に個人データが活用される巨大IT企業とは異なり、ユーザーが積極的に協力することによる「データの質」にあるはずだが。

中国については「テクノロジーの活用は進んでいるけど、ディストピアはいや」というのが、典型的な西側での議論だけれど、その枠に収まらない、高口康太さんによる中国の観点からの議論が面白かった。中国には独自の価値観があって、「あんなやり方はいつか破綻する」と決めてかかるのはリスクがあると思う。

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「より良き生き方」に導かれる!?

世界に広がるデータ生態系は生まれるか?

大阪G20は歴史的な場になる

今年1月のダボス会議に5年ぶりに出席した安倍首相は「成長のエンジンは、もはやガソリンではなくデジタルデータで回っている」と述べ、信頼ある自由なデータ流通(Data Free Flow with Trust)を提唱した。これが、未来から振り返ると、デジタル社会について、国家間で相互運用可能なルールを作り出す起点になるかもしれない。

G20サミットに先立って行われた、つくば貿易・デジタル大臣会合では、いくつかの点で踏み込んだ閣僚声明が発表された。ポイントは以下の通り。

・日本のSociety5.0が、人間中心の未来社会のビジョンとして共有された。

・Data Free Flow with Trustについては、Trustが、プライバシー、データ保護、知的財産権、セキュリティを含むことと、異なる法的枠組みの相互運用性を促進するために協力することが確認された。

・AI原則にコミットすることも盛り込まれた。原則には「包摂的な成長、持続可能な開発及び幸福」「人間中心の価値観及び公平性」「透明性及び説明可能性」「頑健性、セキュリティ及び安全性」「アカウンタビリティ」が含まれる。

今後、G20で合意された「大阪トラック」で議論が進んでいく。

データ生態系のある世界

データが自由に流通すると、どのような世界になるのだろうか。経産省は、G20のデジタル会合に合わせて5つのショートムービー*2を作った。会社の人事、医療、地方、恋愛、法律というテーマだ。

分かりやすいのだけれど、個人的には、冒頭で紹介したレポートのビジョンが気に入っている。3つのシナリオのうちの一つ「Data Harmonization」から引用したい。こんな未来になるといいなあ、と思っている。

2027年夏:ケニアの地方に生まれて、最近中学校を卒業したMalikaは、近所のサイバーカフェに毎日通っては、中国のスタートアップ企業のデータエントリーの仕事をしている。アウトソーシングによって、16歳が2ヶ月のプロジェクトで1日20ドルを手にすることができる。

彼女はインターネットとコンピュータの基礎を学校で習った。学校では、世界レベルの教育をケニアの田舎に届けるバーチャル教室が提供されている。彼女はまた、アフリカ連合が運営し、G20が支援している「Open Data for Social Good in Africa」イニシアティブの元で放課後行われているワークショップで、データプライバシーとデータセキュリティについても学んでいた。

彼女の稼ぎは、中国の巨大ネット企業であるアリババのアリペイ口座に支払われる。世界中で、発展途上国であっても、個人が、伝統的な現金や銀行よりも、安全でプライベートなモバイル決済の恩恵に預かっている。

両親は、彼女を大学に行かせる余裕はないけれど、彼女は米国と欧州のトップスクールが提供しているオンラインのコースを見つけており、自分自身のデジタル事業を立ち上げるための資金を稼ぐことを目指している。

 

*1:データが経済を動かすというマッキンゼーの分析についてはこちらの記事を参照してください。国境を越えてデータが流通すると何が起こるのか - 太田直樹のブログ - 日々是好日

*2:g20-digital.go.jp