太田直樹のブログ - 日々是好日

テクノロジーが社会を変える

あなたのデータは25万6千円の価値がある | GDPRのもう一つの狙い

Facebookの事案によって、今年5月にEUで施行されるGDPRは一気に認知度が高まった。これはデータに対する個人の権利を強力にサポートするもので、罰金も重く、対応が進んでいる。ただ、GDPRが目指している経済効果はあまり語られていない。

132兆円の価値があるEU市民のデータを守る

EUの欧州委員会は「欧州市民のデータの価値は、2020年には1兆ユーロ(132兆円)にまで拡大する」とし、それを「デジタル巨人に独占させるわけにはいかない」と、GDPRについてのプレスリリースで明確に宣言している。

1兆ユーロだと感覚がつかめないが、EUのGDPの8%になる。また、EU27カ国の全人口で割ると、ひとり25万6千円だ。個人データにそんな価値があるのか。まだ、ちょっとピンとこない。

Facebookがカナダと米国のユーザー1人から四半期に獲得する収入は直近で20ドル(年換算で8500円)だ。2年で倍増というペースで伸びている。つまり、無料で使っているのではなく、自分のデータを売って、その対価として使っている。EUは、市民1人ひとりから、米国のテック企業に万円単位で価値が流出していると考えている*1

後で触れるけれど、データの価値はEコマースやウェブサービスだけではない。日々の生活の中で、渋滞が緩和されたり、健康になったりと、価値を生む。

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GDPRは、この価値を地域内で顕在化・獲得しようという狙いがある。手段の一つとして強調されているのがデータポータビリティだ。欧州委員会が示す例は、かなり直接的だ。

この新しいデータポータビリティの権利は、個人が自分のデータを一つのサービスから別のところへ動かすことを可能にする。スタートアップや中小企業は、デジタル巨人に独占されているデータ市場にアクセスすることができ、プライバシーに配慮したソリューションによって、より多くの消費者を獲得するだろう。これによって欧州経済は、より競争力を高める。

果たして欧州の消費者の支持を得るサービスが生まれるのか、注目したい。簡単ではないと思うし、欧州の中でも「正直、米中の巨大テック企業が欧州に浸透することへの時間稼ぎでしかない」と言う声もある。

プライバシーについての二つの真実の瞬間

欧州委員会が掲げる1兆ユーロという目標は、ボストンコンサルティンググループ(BCG)のレポートが根拠になっている。これは2012年のものなので、6年経った今では、もっと大きな数値が出るかもしれない。

このレポートでは、プライバシーについて二つの重要なインサイトがある。ひとつは、プライバシーについての懸念の度合いは、実際の行動とは無関係ということ。これは結構誤解されているので、押さえておきたい。

個人データの共有は、それによって得られるメリットと、自分のデータについてのコントロール*2の度合いで決まってくる。これは以前取り上げた会津若松のディープデータでも明らかだ。レポートでは、この発見を元に「データ入手方法」と「データ活用方法」を4つのレベルに分けて、分野別にユーザーの行動を分析している。

もう一つは、一旦、企業や行政に対する信頼が失われると、価値は大きく低下すること。最悪ケースでは、価値の3分の2が吹き飛んでしまうとしている。

グーグルがスマートシティやヘルスケアを狙うわけ

端的に言えば、25万6千円のうち、最も大きいのはパブリックサービスとヘルスケアだから。グーグルは世界の広告市場の15%を占有し、Facebookは5%だが、広告によって無償でサービスを提供するモデルは、個人データの価値のごく一部でしかないし、プライバシーへの懸念によってリスクも高まっている。

主戦場は、Eコマースやウェブサービスから、都市サービスや健康サービスといったところに移っていく。マネタイズの方法もいろいろ試されるだろう。今後、アルファベットが、ARPU(Average Revenue Per User)をどのように伸ばしていくのか、注目される。

欧州はこの点でも戦略的で、GDPRにおける例として、2018年から義務化されるeCallを取り上げている。これは、車の衝突時に、発生位置やセンサー情報など様々なデータをセンターに送る車載の通信ユニットだ。これは個人データだが、メリットが明確だ。また、その発展として、都市の交通事故や渋滞を改善するためのデータ共有についても触れている。

 

*1:EUと比較して、日本はのんびりしている。カーシェア事業でトヨタ以上のデータを収集しているパーク24が、データの価値を上乗せしてすごい価格で買収されたりすると、変わるのかもしれないが。

*2:このインサイトを契機に、EUではDECODEという個人が自分のデータをコントロールする実証が進んでいる。