太田直樹のブログ - 日々是好日

テクノロジーが社会を変える

マイナンバー制度はどこから来て、どこへ行くのか

新型コロナウイルスによるパンデミックの中で、普段はあまり意識することがない、国による社会保障システムの違いが明確になった。海外の良いところと、日本の悪いところだけを比べると、例えば、現金給付においては、スピードや簡便さに大きな違いがある。

それに伴って、しばらくぶりにマイナンバーについて盛んに議論されるようになった。マイナンバーについての法案の検討も始まっている。

また、特別定額給付金については、オンライン申請に必要なマイナンバーカードとマイナポータルについて、様々な改善点も浮き彫りになっている。

マイナンバー制度について大きな変化がありそうだが、「これから」を考えるために「これまで」を理解することが役に立つ。ここでは、マイナンバー制度の「原点」と言ってよい資料を紹介し、「これから」を展望してみたい。

3つの選択と国民的な議論

マイナンバー制度は、なぜ今のような姿になっているのか。10年前に作成されたこの一枚の図*1が、どのような選択肢があり、何を選択したのかを理解するためにとても役に立つ。ちなみに、マイナンバーの法案は、民主党政権下で作られ、自民党政権のときに手直しされて成立した。

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内閣官房国家戦略室「社会保障・税に関わる番号制度に関する検討会 中間取りまとめ」2010年6月

我々はどのような選択をしたのだろうか。

この中間検討について、国民的な議論が行われ、結果として、日本のマイナンバー制度は、セキュリティとプライバシーを高めて*2、最大限の利用範囲を目指すものとなっている。番号制度導入が後発である日本が、他国を研究し、野心的な制度を選んだと言える。

ただ、全国民へのマイナンバー通知から5年が経ち、本来大きいはずの利便性を国民が実感できていない。大きな理由の一つは、セキュリティとプライバシーが利用者の利便性と相反する関係(トレードオフ)にあるからだ。

いま、どこにいるのか

現在は、大きく二つの分野でマイナンバーの利用が進んでいる。

ひとつは、行政手続きにおける利用だ(上図のC案(スウェーデン型))。よく、ワンストップ・ワンスオンリーと言われるもので、行政手続きを1ヶ所でまとめて行うことができ、一度提出した資料は二度提出する必要がなくなり、添付書類が大幅に減る。

日本では、プライバシーとセキュリティに配慮した複雑なシステム*3となっていて、国民の利便性向上やマイナンバー制度が目指していた行政の効率化に時間がかかっている*4

ここは、国と地方が連携したDXを徹底的に進めるしかないだろう。いくらでも書こうと思えば書けるのだけれど、一点、乱暴なことを言えば、世代交代を加速して文化を変えることだと思う。その兆しはすでにある。40歳以下の人材が、行政のCIOやCDOとして活躍できるよう、自分も出来ることをやりたいと思っている。

もうひとつは、社会保障情報サービスにおける利用だ(上図のB-2案(アメリカ型))。マイナンバーカードを使ったワンカード化が代表的な利用で、健康保険証・介護保険証・お薬手帳などの一体化が決まっている。これは国民にとっての利便性が分かりやすい。

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これから、どこへ行くのか

利用範囲の拡大と”世帯”のアップデート

ドイツを含めて欧米で導入されている給付付き税額控除、別名「負の所得税」は、日本では実現していない*5(図のA案(ドイツ型))。

米国では、勤労所得税額控除と児童税額控除という形で実施されており、日本の児童手当と比べると、申請手続きが不要で、給付の漏れが少ない。

また、社会保障における活用も、日本では実現していない(図のB-1案(アメリカ型))。米国では、緊急時の現金給付の他、平時でもフードスタンプに利用されている。また、高額医療・高額介護合算制度など、自己負担の合算額が上限額を越えた場合の還付手続きも、番号制度によって簡素化・迅速化が可能だ。

こうした制度は、個人番号の利用範囲としては、情報管理のリスクやコストが低く、欧米で広く実現されているが、なぜ日本では進んでいないのだろうか。

マイナンバーを使った個人情報の名寄せを徹底することは当然必要になってくるが、基盤となるもので検討が必要なのは「世帯」の概念整理だ。日本の税・社会保障制度は、世帯主がサラリーマンで、配偶者が専業主婦という前提で、税負担や給付が設計されている。しかし、いまは世帯のあり方や働き方が多様化している。さらに、制度ごとに世帯の概念が少しずつ異なってきていることも課題となっている。この点について、省庁を横断して、制度をアップデートすることが、マイナンバーの利用拡大には必要だ。これは大仕事だと思う。

トレードオフ問題の打破とマイナンバーカードのアップデート

前述のように、日本の番号制度で想定されている利用範囲は広いが、セキュリティとプライバシーを重視しているため、利便性が低下している。分かりやすい例が、ほぼ全ての自治体で実施されている子育てワンストップサービス(電子母子手帳など)だ。利用の都度、カードを使い、PINを打ち込む必要があり、低い普及にとどまっている。

しかし、現在の技術は、制度導入当初から大きく進んでおり、セキュリティとプラバシーを損なわずに利便性を高めることも可能になっている。

やり方は複数の選択肢があるが、大きな方向としては、現行のICチップ(ハードウェアトークン)に加えて、ソフトウェアトークンの利用を広げることだろう。マイナンバーカードを身元確認に使って、民間IDを行政手続きに使えるようにするなどの検討だ。

いま、オンラインの本人確認は過渡期にある。本人確認は、当人認証(いわゆるIDとパスワード)と身元確認の組み合わせだが、ほとんどのオンラインアカウントで、身元確認は自己申告だ。また、身元確認がされているアカウントでも、その方法は、身分証のアップロード等で行われている。精巧な偽造がどれだけ安価で可能かは、ちょっと調べると分かる。

冒頭で、「海外の良いところと、日本の悪いところだけ比べると」と書いたが、例えば、米国のソーシャルセキュリティナンバーは、なりすましや情報流出が大きな問題になっている。マイナンバーカードは、グローバルの基準に照らして最高レベルの本人確認だ。

マイナンバーカードの有効期間は10年で、交付開始から5年が近づいている。デジタル社会では、低コストで信頼できる本人確認がますます重要になる。マイナンバーカードのアップデートを検討する好機がきていると思う。

*1:国家戦略室 - 政策 - 社会保障・税に関わる番号制度に関する検討会

*2:例えば、データは分散管理され、なりすましを防ぐためにハードウェアトークン(IDカード)を全国民に配布するなど。米国では、個人データはIRS(内国歳入庁)がソーシャルセキュリティナンバーで名寄せしている。英国ではIDカードを配布する法律を作ったが、その後、コスト等の理由で廃案にしている。

*3:利用者に近いところから、マイナポータル、情報提供ネットワークシステム、さらに「三層の構え」というネットワークから遮断された自治体の情報システムがある。

*4:ただ、添付書類は着実に減っており、例えば、課税証明書の発行は2割近く減少している。

*5:民主党政権の時に、民主党・自民党・公明党が合意して、給付付き税額控除を導入することが決まったが、政権交替後、その合意は宙に浮いている。