太田直樹のブログ - 日々是好日

テクノロジーが社会を変える

『シン・ニホン』 - 感想から行動へ

『シン・ニホン』を手にとってから1週間が経ち、まだ身体の中に余韻が残っている。エネルギーが湧き出ている感じだ。でも、本書の内容はあまりにも壮大で、この熱量をどこに向けたらいいのだろう。また、日々向き合っている現実は、相変わらず悩ましくて、ふと気がつくと深いため息をついていたりする。

そう思いながら、自分が書いたレビューを振り返ってみた。

リソースシフトを仕掛けよう

読み終わって、自分の中で著者の祈りが重なって響いている。

ひとつは「平成という失敗したプロジェクト」(宇野常寛)の供養だ。30年の間に、国のリソース配分に失敗し、未来への投資を極限まで削り、また、あらゆる産業で価値創造の機会を逸したことを、鋭い分析をこれでもかというくらいに畳み掛けて、明らかにしている。この供養は、失敗した当事者たち、政治家、官僚、経営者に著者が直接、しかも何度もぶつけて、詠んだものだから迫力が違う。失敗には「成仏」してもらって、今後、大胆にリソース配分を変える仕事は刺激的だと思う。(Amazonに書いたレビューより)

リソースシフトの時間軸は、2020年代前半だと思う。後半だと間に合わないのか、と聞かれれば、可能性はあると答えるけれど、必要なリソースの量は増えるだろう。

それにしてもこの本で提案されているような数千億円単位のリソースシフトを、どのように仕掛けていくのだろう。

リソースを「未来への投資」にシフトする。その兆しは身近なところで見えていると僕は思っている。それを、大きなうねりにすることを仕掛けていきたい。

例えば、島根県海士町の島前高校から始まった、都市圏から地域の高校へ「留学」し、地域に開かれた学びを、ITを活用して存分にやる「地域みらい留学」。人口2400人の海士町が、平均して年間数千万円の予算を教育に投資している。「教育は票にならない」と、いろんなところで聞かされた。それが現実だ。しかし、このイニシアティブでは、投資効果のエビデンスをとって分析し、昨年秋に同じ課題に取り組む全国各地に共有している*1

こうした各地に広がったイニシアティブは、国の動きと呼応し、2,000億円レベルのGIGAスクール構想が動き出している。これはよく言われるような「お上」が決めたことではないことは、仕掛け人の1人である経産省の浅野さんの言動を見ればすぐに分かると思う。

こうしたうねりが、これから数年の間、いくつも生まれるだろう。もちろん、兆しがあるからと言って、簡単なわけはない。けれど、何十年に一度という仕事の機会はとても刺激的だし、きっとよい仲間が見つかると思う。

越境しよう

ふたつめは「未来の祝福」だ。この国には「未来が見えない」という呪いがかかっている。大袈裟に聞こえるかもしれないが、何しろ、未来に希望を持っている18歳が1割以下しかいないのだ。変化の波が、それも特大のものがくるのが確実ということが、テクノロジーについての深い理解と実践に基づいて、多面的に語られる。日本は、世界で戦う土俵に立てていない「黒船来航時と同じ状況」なのだけれど、なぜかワクワクした気持ちになるのは、祝福されているからだとしか言いようがない。(Amazonに書いたレビューより)

未来は「確変モード」に入った。AI-readyな社会に向けて、これから2番目の波が来る。2030年あたりがターゲットになると思う。どうやってその波に乗るのだろうか。

確変モードで、イノベーションを生み出すために、どんどん「越境」していきたいと思っている。日本で伸び代があるのは、早稲田大学の入山さんが言う「知の探索」だ*2。それには組織やコミュニティや地域を越境するのがいい。

僕は、自分が学びたいこと、やりたいことをテーマに、書評を書かせてもらっているのだけれど、ちょうど越境について書いたものがあるので、紹介したい。

note.com

越境にも悩ましいことはある。そのことも書評では触れている。ただ、そこに大きく跳躍するチャンスもあると思っているので、ぜひ越えていきたい。

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ゼロベースの問いとアクション

最後に「明日への誓い」だ。最終章では、一転して、日本から地球レベルの課題に跳躍する。分析から明らかになる課題は重く、複雑に絡まっている。その上で、「風の谷を創る」という、都市集中型の未来に対するオルタナティブをつくる、というビジョンから、未来を創る運動論が展開される。そう、これは運動であって、ソリューションではない。分析から、例えば、なぜ道は全国一律の「硬い道」なのか、というような「ゼロベースの問い」を生み出し、それがまた新たな問いを生む。運動は続いていく。(Amazonに書いたレビューより)

「風の谷を創る」という運動は、僕がディレクターとして運営に関わっていたコクリ!プロジェクト*3に(半ば強引に)安宅さんを誘って、2017年11月に建長寺で、安宅さんに降りてきた。そして、12月25日に第1回のコア会を開き、以来、2年間の間に30数回と幾度かの合宿を、30名ほどの超絶濃いメンバーが、毎回夜中まで議論し、18年の秋からは慶應SFCの安宅研の学生たちも参加して、ものすごい熱量で重ねてきた。「運動」と書いたのは、100年以上続くような挑戦になると思っているからだ。

いま、ステルスでやってきた運動をオープンにする準備を進めている。

先日のコア会で、あるメンバー、国内外いろんなところで講演をし、独創的な事業開発で知られている人が、「(自分が)分からない、と言うことに全くとまどいがなくて、さらに、学生の皆さんと上下でなくフラットに議論できることがありがたい」と、チェックアウト*4で話をした。

風の谷では、ゼロベースの問いを大事にしている。どんな問いなのだろう。分かってきたのは、事実を掘り下げ、観点を広げ、徹底的に議論し、途方にくれる中で、ゼロベースの問いは生まれてくる。そして、一つ問いが生まれたら、新たに問いが生まれてくる。例えばこんな感じだ。

  • (「そもそも人はなぜ建物を建てるのか」を縄文時代から辿ったり、家を建てるために何トンの建材をどうやって運ぶのかを見たり、様々なファクトを元に議論する中での投げ込み*5の例として)町づくりは数十年単位で考えるものだ。その間に、気候は大きく変わる。例えば、台風。超大型(風速60m以上)の台風の頻度が10年に1回になったら*6、建物はどうあるべきか。構造で対応する方法はある。他に可能性はないのだろうか。「柔らかくて硬い」建物とはどのようなものなのだろうか。

 

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ゼロベースの問いの刺激となる「200のカード」

こうした問いを、2年間で数百種類(うち、200を厳選してカード化した)、その分野の専門家、異分野の専門家、学生が入り混じって議論し、かつそれぞれの問いを何十回も問い直してきた。試行錯誤しながら、僕らは”ガチの分析と議論”の文化をつくってきた。

いま、風の谷の運動を開いて、新たな個人や企業とつながり、ゼロベースの問いに実験を掛け合わせて、”未来は目指すものであり、創るものだ”ということを体現していきたい。安宅さんの『シン・ニホン』は、その扉を開く鍵でもある。

*1:分析の概要と、このイニシアティブを仕掛けているキーマンの声。地方創生でほんとうにやらなければいけないこと+大切な追記 - 太田直樹のブログ - 日々是好日

*2:「何をやっているか分からない」企業や個人が強い時代(入山さん)に。https://www.businessinsider.jp/post-189863

*3:コクリ!は次のステージに向けて準備中だ。

*4:風の谷では、オープン&フラットに議論できるよう、会の最初と最後に全員が、自分の気持ちや気づきを話す「チェックイン」と「チェックアウト」を毎回必ず行う。

*5:「投げ込み」安宅さんのプレゼンや安宅研で、高頻度で使われる言葉。単なる説明ではなく、相手に「ぶつける」イメージで使う。近い用法として「仕事」は「力x距離」で捉える。距離は変化だ。ここでもぶつけて変化を起こすことがイメージされている。

*6:今より気温が4度上昇した場合のシミュレーション。https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/231912/1/29K-06-05.pdf