太田直樹のブログ - 日々是好日

テクノロジーが社会を変える

「無慈悲で、残酷な」世界|「自分で作れないものを、私は理解していない」の果て?

情報学が目下進行中の第4次産業革命を牽引し、次は、生物学が世界を創っていくのだろうか。それも工学と情報学と融合した形で。ということをつらつら考えながら『合成生物学の衝撃』*1の紹介。

SF小説に出てきそうな「遺伝子ドライブ」の衝撃

本書のハイライトは3章から7章の「遺伝子ドライブ」と米国国防総省の研究機関であるDARPAを巡る物語だろう。遺伝子ドライブは、DNA合成と編集の最新技術を駆使して、改変遺伝子を持つ個体を急速に広げていく。これを使うと、マラリヤやデング熱を媒介する蚊やその土地の固有種を危機にさらすネズミなどの外来種を、短期間で激減させることができる。

DARPAを通じて、この研究に巨額の予算をつける国防総省は何を目的としているのか、参加する研究者は何を考えているのか。10年前に「自分が10代だったら生物学をハックする」*2と言ったビル・ゲイツは、昨年「10から15年後に生物学によって大きな災厄が起きる可能性がある。3000万人の命が失われる可能性がある」と話している。これは現実的な話なので、新しい技術について、分かりやすく読ませる本書の価値は大きい。

ブレードランナー的未来に向かっていく?

全体的にドラマティックなトーンを作っているのが、プロローグとエビローグにあるカズオ・イシグロの『わたしを離さないで』の引用。近未来、臓器提供のために生まれたクローンとそれを世話する介護士の物語。そして、うまいアクセントになっているのが、1、2章と8、9章の人口生命体を巡る物語。グレイグ・ベンダーなど登場するキャラも濃い。

これらの仕掛けは効果的だけれど、このまま行くと未来は「無慈悲で、残酷な」世界になる、というストーリーとしてのバイアスを感じるかもしれない。「自分で作れないものを、私は理解していない」というリチャード・ファイマンの言葉に代表される機械的な文明に対する、著者の疑問が全編に漂っている。

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オープンな議論の大切さと難しさ

注意したいのは、生命体を駆動するDNAを一から合成し、「ミニマム・セル」を創ることに成功したベンダーが、「合成生物学」と「合成ゲノミクス」は異なるとしていること。ミニマム・セルは後者だと言う。親のいない人間を創ることと、DNAを人工的に創ることは別物ということだ。

これはいわゆる人工知能でも、機械学習とネットワーク化されたシステムや汎用知性は異なる、と言う議論*3と似ている。研究者や開発者にとっては、もちろん「異なる」のだけれど、社会にとっては「結果として何が起こるか」から捉えるところに、僕らの未来を左右する技術への対応の難しさがある。

*1:『合成生物学の衝撃』生物学、その先の未来 - HONZ

*2:Just ask Bill Gates. If he were a teenager today, he says, he’d be hacking biology. “Creating artificial life with DNA synthesis. That’s sort of the equivalent of machine-language programming,” says Gates Geek Power: Steven Levy Revisits Tech Titans, Hackers, Idealists | WIRED

*3:機械学習の研究・開発を行うスタートアップであるPreferred Networkは、政府のAIについての検討会で、AIの定義や分類に基づいた議論を丁寧に展開している。https://research.preferred.jp/2018/05/human_centric_ai_society/