太田直樹のブログ - 日々是好日

テクノロジーが社会を変える

GAFAの陰謀論!?シンギュラリティ仮説の背景を読み解く

宗教や文化といった背景から、シンギュラリティやテクノロジーについて捉えること。東京大学の情報学環の須藤教授のお話から興味を持ち、仏哲学者ジャン=ガブリエル・ガナシア氏の著作*1を読んだのだけれど、正直に言えば、警世の一冊なのかとんでも本なのか、僕には分からなかった。

ガナシア氏の主張は、大きく3つある。

1. 「シンギュラリティ仮説」は科学的な根拠がない「神話」のようなもの。指数関数的な進化を、将来にわたって、あらゆるものに当てはめるのは無理がある。

2. その「神話」の源泉は、古代に西洋世界で力をもった「グノーシス主義」である。これは、いま僕らがいるのは狂った世界で、秘められた知識によって覚醒し、光の世界に回帰する、というもの(「マトリクス」の世界ですね)。

3. シンギュラリティを宣伝する米国のテクノロジー企業には、近代国家に替わって世界を支配し、新しい社会を創りあげるという政治的目的がある。

1は、まあいいとして、2や3については突っ込みどころ*2がたくさんある。

 

読んだ後、ちょっと調べてみると、どうやら英語版がまだ出ておらず、早川書房が独占翻訳権を持っていて、邦訳がでている。アマゾンのフランスのサイトを見ても、コメントがあまりない。ガナシア先生いわく「本国フランスでの評判は上々」*3らしいが。

しかし、もう少し見ると、「極東ブログ」で書評*4が出ていて、HONZでも取り上げられて*5いる。

うーん、米テクノロジー企業の陰謀論は置いておいて、何か大事な論点があるのだろうか。

あるとすれば、それは「歴史的な時間感覚」かもしれない。グノーシス主義は、世界があるとき大転換するということで、僕らはそこに拘束される。これは古代ギリシャや仏教の円環としての時間とは異なるし、グノーシス主義を排斥したキリスト教とも異なる。そして、finalvent氏が指摘するように、日本人の感覚とはかなり離れている。

解説には

"グノーシス主義の隠然たる影響力は、近代の合理主義によってはじめて克服されたと言われる。著者は近代合理主義者として、シンギュラリティ仮説がこのグノーシス主義と共通点を持つという。”

とある。そうだとすると、シンギュラリティ思想の流行には、多少の注意は必要かもしれない。少なくとも僕自身は、自分が主体的に行動できるのは「いま」で、それによって未来が変わると思っている。

GoogleのNgram Viewer*6で調べると、シンギュラリティにはまだそれほどの熱狂はなさそうだ。持続的可能性の方がまだ3倍以上の頻度がある。少しほっとした。

*1:「そろそろ、人工知能の真実を話そう」早川書房

*2:例えば、古代の思想がなぜ現代に影響しているのか。マーク・ザッカーバーグやイーロン・マスクは隠れたグノーシス教徒なのか。また、テクノロジー企業の目的が世界支配というのも論理に飛躍がありすぎではないか。

*3:http://www.sankei.com/life/news/170605/lif1706050012-n1.html 仏哲学者ガナシアさん、警世の一冊 AIとの共生、決めるのは人間

*4:http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2017/05/post-5eb1.html

*5:http://honz.jp/articles/-/44063>『そろそろ、人工知能の真実を話そう』シンギュラリティ仮説の背後にうごめくもの

*6:https://books.google.com/ngrams Googleがデジタル化した、過去500年にわたる数百万冊のデータから、単語の出現頻度を調べることができる。